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調子が落ちてきているとき、 歯止めをきかせる術

調子が悪いとき、どうやって元に戻すか?

自分でわかっている人と、
わかっていない人、
言い換えれば、それに対して「無知」「無関心」流されるままになっている人では、
立ち直り方が違う。
周りにも多大な迷惑をかけ、ジタバタ、ダラダラと立ち直る人と、
自分で、スクッと起き上がり、パンパンと埃を払って、歩いてゆく人。

これは、個人の場合も
商売の場合でも、同様です。

葬儀社の場合、説明のつかない不調に陥ることがあります。
施行の入らない日が、何日間も連続することです。
普通では考えられないほどに。

たとえば、2日に1件ペース、
月に15件平均で稼働しているホールなのに、
半月以上も、受注0が続く。。。ということが、起こる。
葬儀社「あるある」です。

「施行ゼロ行進」の日数を、
少しでも減らす対策は、3つ存在する。

これは・・・かなりのノウハウなので、
ここで公開するのは、やめときます。いじわるですが、ご容赦を!



敵を知り・・・


事務所を引っ越すときに、整理した書棚の
「葬祭系・出版物」です。

「葬儀」を考えている一般のお客様は、
こんな書籍を目にしているかもしれない・・・と、読んでいます。
こんな風に、葬祭業界を見ている可能性もあるんだなー、と。

敵を知り、己を知らば、百戦危うからず。

敵は、ライバル店だけでは、なく、
お客様との競争でもあるのです。



男旅・ラスト ~薩摩藩の教育


もうひとつの旅の目的は、
西郷・大久保らの「維新の英傑を輩出」した理由を探すこと。
そのひとつが、
薩摩の武士階級の教育方法「郷中教育(ごじゅうきょういく)」。

幕末の薩摩藩の中には、約30の「郷中」と呼ばれる「町内会組織」があり、
若者の教育は、そこで行われた。
教師はいない。同じ町内に住む年長者から年少者までが集まり、
先輩が後輩を教え、後輩が先輩を敬い育つという、自治的な教育制度で、
郷中内では、家格の違いはなく、平等に扱われた。
午前中は、歴史書を教科書に読み書き、午後は体を鍛える鍛錬。剣術、馬術や討論もしたそうです。
基本方針は、義を実践すること。嘘は言わない。負けるな。弱いものいじめをするな。心身を鍛錬せよ。質実剛健たれ。

そのなかでも「加治屋町」という数百メートル四方の町(郷中)から、
西郷隆盛・従道の兄弟
大久保利通
東郷平八郎
大山巌、山本権兵衛
樺山資紀、村田新八、篠原国幹、吉井友美・・・といった英傑が巣立っている。

司馬遼太郎は、このことを
「いわば、明治維新から日露戦争までを、一町内でやったようなものである」と評している

 
企業にも、なんとなく「郷中教育」みたいなものがある。
仕事上の役割としての関わり方、プラス
先輩と後輩の関わりが、多かれ少なかれ、存在している

そして「加治屋町」のように「優秀な人材を輩出する部署」も存在している。
ある店舗、ある部署からは、
次の店長、次のリーダーが、どんどん出現してゆく。

「加治屋町」のような「人材輩出」部署には、こんな特徴がある。
・平均以上の成績を上げている「ハイ・パフォーマンス・チーム」である。
・自由な空気がある。
・年長者、次の年長者が、仕事&会社好きである。
・非公式の時間でも、関わる時間が長い。

こんな部署風土からは、人財がたくさん輩出される。

「加治屋町」郷中も、そうゆう雰囲気だったのかな?
西郷や、大久保の郷中の先輩って、どんな人だったのだろう?
郷中教育は、誰が考えて、どうやって始まったのだろう?
現在のスタッフ育成に導入できることは、ないのかな?

男旅は、また来年。
でも「温故知新」の旅は、終わらない。



男旅・参 ~末期症状からの作戦 

「コンサルティングして、伸びる企業は、どんな会社ですか?」
こんな鋭い質問を受けることがある。

「素直に、前向きに、100%、提案を実行してもらえること」
「軍資金=活性化の実行のためにかかるお金に、ある程度の余裕があること」
この2つを挙げる。

つまり、
言うことを聞いてくれて、実行してくれる。
会社の体力があるうちに、依頼してくれる。

この逆のケース
提案を聞いてくれない、その方向に協力してくれない、実行してくれない。
そのためのお金がない、余裕がない。
という会社は、非常に苦労する。
お金のほうは、売上を上げつつ、何とかできるけれども、
言うことを聞いてくれないのは、どうしようもない。

もしも自分が、
戦時中・敗戦濃厚の日本から「勝つ作戦を考えてくれ」という
依頼を受けたら、どんな作戦を立てただろう?
無いものづくしで、色んな制約があっただろう。
提案は聞いてくれただろうか?

果たして「特攻」以上の作戦を、考えつくことができただろうか?

「最悪になる前に、もっと、早く依頼してくれ!」
「なんでここまで、放っておいた?」
末期症状の会社からの依頼には、こう叫びたくなることもある。

だから、
戦時中の日本の、その立場で「特攻」という作戦を考えた人たちのことも、
完全には否定できない。。。とも感じる。

 
色々、考えさせられる・・・。

通りいっぺんだけれども、
やはり戦争をしないようにすることが一番だ。

そのためには、
責任の所在が明確なリーダーが、
常に勝てるように、冷静かつ客観的な判断をして、行動すること。

それしかない。

組織の意思決定に関わる自分は、
もっと、勉強&行動しなければならない。

平和を勝ちとる作戦。
無駄な血も、時間も、お金も、使わずに、勝つ方法はないのか?を追及する。

なんだか、結局、
普通の結論にしかならないけれども、
言葉だけでなく、本当に腹の底に落ちた結論である・・・という点では、
今までよりも成長できたのかなー。

西郷さんの最後の地・城山から桜島を望む。



男旅・弐 ~作戦立案者の責任

「誰かのために、体を張って、生きてきた」
若い先輩方に感謝と、
私も同じ国に生を受けた男として、
そうゆう人間でありたい、という気持ちを、新たにしました。

それと、同時に、大切な命が特攻によって失われたことについて、
「コンサルタント=参謀」という職業とリンクして、思いが去来する。

特攻という作戦は、無謀ではなかったのか?

色んな思索がぐるぐる駆け巡り、未だ、答えが出ていない。

まず、
私は、コンサルタントとしても、リーダーとしても、大切にしていることがある。
「自分に、できないこと」
「自分が、身銭を切ってやれないこと」は、他の人に提案しない。ということです。

その結果、
作戦内容を実行していただく会社やスタッフさんに、
意味のない、無駄なことをさせることはなくなるし、
時間・お金の負担、体力的・精神的負担も、最低限に抑えることができる。

「ポスティング、1日で〇〇枚・・やればいいんですよ」と、
特殊な成功ケースを聞きかじっただけで、軽々しく話すコンサルタントもいる。
しかし、住宅の密集度によって、配布できる枚数は様々なので、
地域別の基準を作らなきゃダメだ。
体力だって、人それぞれで、普通は2時間やれば、もうヘトヘト。
実際に、やったから、
どの地域ならどのくらい配布できるのか?
どんなツールが良いのか?配布NGのマンションをどうすれば配布できるのか?
スタッフの不正をどうやって防げばよいのか?も、わかる。

「福島の原発は問題ない」と言った政治家は、
自分自身か、少なくとも、家族か親戚が、福島に移住するのが筋だと、思っている。
何時間か避難所を訪問して、テレビに流すのはポーズに過ぎない。
何日間か、自分が避難所で生活してみないと対策は出てこないし、
心情もわからない、と思っている。

そうゆう意味では、
特攻を指示した幹部は、特攻すべきだと考えている。
任務上、不可能なら、少なくとも、自分の子供を特攻隊に入れるべきだと。

いつの時代も、どの国でも、
戦争は、年寄りが始め、若者が犠牲になる。

そこで・・・・
「特攻作戦を考えた人」とグーグルで検索してみる。
そうすると「特攻作戦の生みの親」と言われている二人の名前が出てくる。

大西 瀧治郎・海軍中将は、終戦後、割腹自殺。
宇垣纏・海軍中将は、玉音放送後、自ら部下とともに特攻。

大西中将の自殺は壮絶だった。
切腹しただけでは、人は死なない。
介錯により首を刎ねられなければ、絶命しない。
「自らの死を以て旧部下の英霊とその遺族に謝す」と遺文を残し、
介錯なしで、自ら腹と首を切った。
数時間後、絶命せずにいるところを、人が見つけて病院に連れて行くも、
介錯も、延命措置も、拒んで、翌日、死ぬ。
苦しみを自らに課して死んでいった。

宇垣中将の降伏後の特攻は、違反だと思う。
しかし、身勝手ながらも、彼なりの責任はとっている。

このような史実を知ると、
作戦を立案する者としての「矜持」は同じだったのか・・・と思う。
無責任に特攻させたわけではないことは、理解できた。

もちろん、
この二名が特攻を考えた代表のように書かれているが、
実際には、特攻作戦立案にかかわった人や、
それを推奨した人で、責任をとらない人も、たくさんいたはずだ。
「手柄は奪い、責任はなすりつける」大きな組織にありがちな特性。

現在の日本の政治家や、リーダーに、
覚悟を持って、仕事をしている人間が、どのくらいいるのだろうか?



男旅・壱 ~敵機は来ますか? 

夏の恒例行事となってきた「男旅」
鹿児島へ。。。

ごクライアント葬儀社の社長、幹部の皆さんには、
鹿児島出身の方もおられ、皆さん好漢(=快男子)揃いなのです。
さすが、現在の日本の礎を作った、薩摩藩。
薩摩隼人たち。
そんな憧れも手伝い、空路、南へ。

目的のひとつは、
「知覧特攻平和記念館」に行くこと。

太平洋戦争下、沖縄に進攻してきたアメリカ軍を食い止めるため、
爆弾を積んだ飛行機で、乗員もろとも、敵艦に体当たりをする・・・という
特殊任務の攻撃隊=特攻隊の出撃基地があった場所です。

館内には、
特攻隊員1000名の遺影写真と、
遺書が展示されています。

まず、
写真のお顔が、皆、凛として大人びていて、
文字と文体が、とても綺麗なことが、印象に残ります。

遺書は、文語体で書かれているものも多いため、
内容や意味を完全に汲み取ることが難しい部分もあります。

でも、
「明日、身体を粉々にして死ぬことの確定した男が、一番大切な人に残した文章だ、
意味を完全に把握できなくとも、とにかく1枚1枚、全てに目を通すこと!」
それが、今の平和な日本に生きさせてもらっている男に課された、
最低限の義務であり、礼儀だろう・・・。
そのあと、何を思うかは、それぞれの自由。と、各自、見学。

残される父母への感謝の言葉と、これからのことを気遣う言葉。
恋人や子供への最後のメッセージ。任務の全うを誓う言葉。。。
一見、何でもない普通の言葉にこそ
その底にある、大きな感情を、窺い知ることができます。

もしも自分が、同じ時代、同じ立場となったとしたら、、どんな遺書になるだろう?
あまりに決断と思いが大きすぎるがゆえ、
すでに心の整理ができていて、
逆に、特別な言葉や、感情を素直に、書くことはないだろうな。と感じる。
どうだろう?

 
抑えていた感情が一気に、あふれてしまった瞬間があります。

どなたのものなのか、
言葉も、正確には覚えていない。

遺書の主文を書いたあと、
父、母、恩師・・・それぞれに宛てた文があり、
その最後に、おそらくは親戚の子供たちに宛てたメッセージがあった。

「敵機は来ますか?」

長い文章の中の、この言葉を目にしたとき、涙が止まりませんでした。

自分が戦うことで、
愛する家族を戦火から守れるかもしれないならば・・・
そうゆう使命感で生きた人たちの本質と、優しい心。

特攻隊員の根底に共通しているものを、一気に感じ取り、
涙腺が。。

「敵機は来ますか?」のあとは、こんな風に続いていたと思います。
「敵機なんて、なんでもないですよ。
 これから、〇〇兄さんが、倒してきますからね。
よく勉強し、体を鍛えて、父母を助け、日本のために・・・」

まるで、自分に宛てて書かれているように感じます。

 
もちろん、特攻隊員だけではない。
各地で戦闘に参加した人も、しなかった兵員も。
国内で働いていた人も、女性も子供も・・・当時、みんな必死だっただろう。

記念館は、撮影禁止のため、知覧の武家屋敷をアップします。



ドンキ・ホンキ

量販大手のユニー・ファミリーマートのグループ会社が、
ドンキホーテから出資40%を受け入れることが、発表されました。

アピタ、ピアゴ等の店舗で有名な伝統ある大企業が、
流通業界の中では、少しキワモノ扱いされていた「ドンキホーテ」と
手を組まざるを得ない状況になってきた・・・。
そんなとらえ方です。

こちらの写真は、先日、
ドンキホーテに買い物に行ったときに撮ったもの。

ドンキホーテの店頭に、貼り出されているポスターです。
商品ごとに、近隣の競合するスーパーが、いくらで売っているのか?
しかも、何日の何時の時点まで・・・と現場調査し、
その結果をズラリと掲示しているのです。

「行儀が悪い」「やりすぎ」と思われる方もいらっしゃるでしょう。
しかしながら、
「本気で戦う姿勢」は、見習うべき点も多いのではないでしょうか?

大手企業に、ここまでのスピリットが、あるのか?

それは「安売りが良い」という意味ではありません。

「自社の一番の強み」では、絶対に負けない!という魂の問題です。
他社と相対比較のうえ、実践できているのか、どうなのか??

これからは、その点に対して、本気の企業しか生き残れない。

そんなことを、
クライアント先の社長様から、身近で学ばせていただいている、
競合している会社さんからも学んでいるし、
買い物の日常や、ニュースからも学ばせていただくようにしています。



次、お待ちのソリマチです。

苦手なことは、
行列に並ぶこと。何もやることなく待つこと。

でも
普段、大行列のお店の前が、
今日は、2~3組だと「これはお得だ!」との打算が働き、
並んでしまう。

名前を記入して待つのシステムのお店ですが・・・
なんと、、、
すでに「ナカニシ」と記入されているではないか!

(あ、親切に、どうも、ありがとう!)と、一瞬、都合よく、勘違い。

・・そうか、同姓なんだ・・・

・・・名前、書こ。

・・・でも、店員さんも、俺より早く来たナカニシ君も、
 「ナカニシさん」の連続は、紛らわしく思っちゃうよなー

・・・「ナカニシ・B」か「ナカニシ・2017」と書こうかー
・・・いや、それよりも「ナカニシ・イケメンのほう」と書いてやろう!

・・・そうだ!偽名使おう・・・、ウヒヒ、これこれ・・・

ということで、このようになりました。

この間、ほんの2~3秒。
文字のあたふた感に、心の揺れが出ています。

「おひとりでお待ちのソリマチさまー」と呼ばれる。

スクッと立ち上がる! 

♫ポイズーーーーーン

 
周りを見渡しても、誰も何も。。。ツッコミなし。。。
「ち・が・う・だろーーーーっ!」
とは、誰も言わない。

普通に、時間が流れているだけ。

 
これ・・・意外と楽しい・・・
名前を書いて待つ行列なら、並んでもいいかも~(笑)

次は、なんて書こうかなー



繁盛しているラーメン店のポスター


クライアント葬儀社さんの社長に連れていっていただいた
繁盛しているラーメン店さんのポスター。

好きです、こうゆうポスター。

繁盛の香りがします。



たとえ、お上の命令であっても・・・

先人たちの「立派な城の明け渡し」を、尊敬している私としては、
故事を持ち出して、話さずとも、
旧オフィスを、丁寧に掃除しておいてくれたスタッフ達のことが、
嬉しくて、仕方がありません。

水回りも、この通り!
顔が映りそうなくらい。

 
ちょうど良い機会なので
「城の明け渡し」について、有名な事例をひとつ。。
戦国武将・福島正則が、幕府によって、改易された際のお話。

居城である広島城を預かっていたのは、家臣。
幕府の役人が「引き渡し」の兵を向けたとき、
その家臣は、引き渡すことをしなかった。
理由は、こうです。
「この城は、主である福島正則から預かっているもの」
「したがって、主の命令なしには、
たとえ将軍の命令とあっても、明け渡すわけにはいかない」

これを聞いた福島正則は、
感涙を流し「すぐに明け渡すように」という書を送り、家臣はこれに従った。
城を掃除し、行政の引継書、武器の目録等を一式、
幕府の役人に渡し、堂々と去っていった。

この話が知れ渡り、
こぞって他藩は、改易後の福島家の家臣を、召し抱えようとしたそうです。

さて、、、
皆さんの会社のスタッフさんは、どうでしょう?

警察が来て「ホール前のステ看板が邪魔だから、引っ込めてください」
と言われたら?

どう対応するでしょう??



撤退戦は、進出戦よりも難しい

新しいオフィスを構える、
ということは、古いオフィスを、出てゆくことです。

クライアント先の出店・退店を、
近くで見ていて感じるのは、
「出店のときには、誰でも簡単に、嬉々として契約や準備をすることができる。
しかし、退店のときのほうが、大変だ」ということ。
人の出会いと、別れも、同じですね!

ちょっとでも、会社にふりかかる損害=撤去費用を少なくしたい・・・
という思考回路の幹部にとっての「撤退戦」は、
非常なパワー・人間性・テクニックが必要となります。

「契約通り、原状復帰でお願いします」という
大家側の意向に対して、その道理を曲げて、撤退交渉を行うのですから。

これが「ダメ・サラリーマン」社員だと、
「契約だから、仕方ない。言われるままにお金を払って、はい、仕事完了!」となる。
こんな人間を、絶対に幹部にしてはいけない。
いや、会社にすら入れてはいけない。給料を払ってはいけない。

 
戦国~江戸期、
城を明け渡すときの「見事さ」は、その家の後々の語り草となります。
キレイに掃除して、次の城主に明け渡すのだ。
これこそ、日本人の心ではないか?

私自身、オフィス移転には、多く関われなかったけれども、
荷物も運び出した後、見事にピカピカに磨き上げられて、
引き渡しに立ち会うため、訪れた旧事務所を見て、
「あー、素晴らしいスタッフに恵まれているなー」という感謝の気持ち、
「これまでこの場所にお世話になりました」という感謝の気持ちを新たにしました。

「撤退戦」のコツは、オーナー側に、
少しでも早く、良い条件で、次の持ち主が見つかるよう、
共に努力・協力する姿勢を見せること。。。と理解しました。

「次の人が、心地よく使えるように・・・」
仕事って、どんなことでも、根底は共通ですね。



遷都 ・・・オフィスを移転しました。

オフィスを移転いたしました。
大阪・北浜へ。

昔は、ダボっとしたスーツと煙草が似合う、証券マンの街。
今は、オシャレ女子にも、人気が出てきている街です。

写真は、事務所の窓からの風景。
北浜駅の出口を出てから30秒、川沿いのオフィス、
目の前には、五代友厚の像が立つ、旧・大阪証券取引所があります。

オフィス移転の理由は、色々と・・・。
・物理的な問題
(旧事務所のレトロ建物なので、冬が寒く、某・哺乳類が天井裏に同居している)
・心理的な問題(現在の「気」から、遠ざかり、新しい空気に切り替える)
・未来への投資(優秀なスタッフを採用しやすい場所に、移転する)

昔、国家が「遷都」をしていた理由と、よく似ています。
有名な平安京や平城京のほかに
実は、藤原京、長岡京、難波京、飛鳥京、福原京・・・等々、
飛鳥から奈良時代、「遷都」は、頻繁に行われていました。

遷都の主な理由は、以下のように言われています。
・水や食料、燃料問題を解決するため。
・怨霊や穢れから、人間が逃れる信仰的な理由。
・政治、仏教勢力を、刷新するため。

大学卒業後、お世話になった船井総研も、
私が入社してから退職までの16年間で、
勤務した大阪の事務所は3か所。つまり、2回の移転をしました。
東京事務所を含めると3回の移転をしています。
約5~8年に1度のペースで、移転していたことになります。

 
ちなみに、
事務所を引越ししたのは、2017年7月6日。
スタッフが調べてくれて、年に数日しかしかない
「引越しに最適な吉日」が、4つくらい集中している日に引っ越しました。

神様の存在は、ほとんど信じていませんが、
移転した途端、
良いことが、たくさん起こっています。

良いことが起こりすぎて・・・
この快適なオフィスに、ほとんど行けないことだけが、
とても、残念ではあるのですが・・・。

早速、何社かの葬儀社様が、ご相談に来てくれました。
いつでも遊びに来てくださいませ。
私は、ほとんどおりませんが(笑)



「じゃ、大で!」反骨心と利得心


チャーハンに、カレーと、カツを載せた、夢のような、
しかし、カロリーが高そうな逸品。

注文するとき、店員さんが発した言葉、
「普通のサイズで、良いですか?」

・・・
(何、むむっ!!)
1)(オレ、デカイの食べれるんだぞ!)
2)(大サイズのほうが、お得なのか?)

店員さんが、聞いてくれた言葉にさえ
1)「反骨心」と、2)「利得心」が、働いてしまう
・・・・「じゃあ、大サイズ!」と言ってしまう自分がいる。

やってしまった。。。
最後、おなか苦しくなるし、太るし。

 
何も言わず「はい、かしこまりました」で、注文とってくれたら、
普通サイズで、体に優しい食事ができたのに。

まだまだ、青いな~。
でも、そろそろ大人にならないと・・・(笑)。

「反骨心」と「利得心」・・・
意外と経営者や幹部社員のベースにあることなのかもしれませんが、
こんなところで発揮するのは、やめておきましょう。



灼熱の夏・・・コンサルタントの勲章

「中西さん、日焼けしていますねー」
「どこか、遊びに行ってきた?」

いえいえ・・
これは、、、
ひとえにコンサルティングの「現場焼け」です。

店舗やホールに行って、自社の外観のチェックをする。
出店候補地を見ながら、歩き回る。。

机上の計算やデザイン、研修だけでは、
真の「答え」や「仮説」は見えてきません。


真夏の爽やかな青空に向かって、突き立つのは、
看板の見え方を測る「スタッフ(箱尺)」という測量計器。

携帯電話を片手に、
高さを変え、位置を変え、
全方向から、どう見せるのが最も効果的なのか?
行ったり、来たりしながら、看板のサイズを確定させてゆきます。
炎天下のなか、汗ダラダラ、
1時間以上かけて、そんなことをやっています。

 
「日焼け」は、「現場第一主義」の勲章だ!

苦しくても、大変でも、面倒でも、、
そうしたほうが売上が上がるし、
そうゆうコンサルタントのほうが、かっこいいんだ!・・・と思うから、こうしています。


肌は、黒くなっても、、
腹の中は・・・「純白」です。
ご支援先の敵に向かう時と、火の粉が降りかかる時だけは、
時折、手段として「黒く」なります(笑)



ブランディング


車検を出すために訪れたカーディーラーにて。。

なるほど・・・
そうきたかー。

事前相談のとき、こうなっていると、、、
消費者からの「見られ方」が、変わってくるのでしょうね。

ぜひとも、参考にしたい!



ファーマーズ・サラダ


クルマの車検のため、郊外へ向かう途中、立ち寄ったカフェにて。。
出さてた料理に、そっと添えられていました。

ほほーーう。。
これ、、葬祭業でも使えるかも!

異業種は、進化していますね。

ご支援先で、試させてもらおう。



親族控室も「テーマパーク型・葬祭業」へ

これからの葬祭業は、
「テーマパーク型・葬祭業」を志向しなければならない。

これは、勉強会やご支援先でお伝えしている法則。

・ひとつのコンセプトによって、統一されたホールであること
・店内で「非日常の憧れの空間」を演出していること
・店内の雰囲気を「看板」の一部として、お客様を引き込むこと
・季節ごと、年ごとに定期イベントが、進化すること
・スタッフは、ホールをステージとした 「キャラクター」として振る舞うこと


親族控室の「エアコン」は、「非日常感」を阻害する。
だから、このような造作も必要なのです。



甲子園の楽しみ方

・・・・
おや?
アナタ、忙しいとか言いながら、甲子園に、行ってるじゃないーー!

先日のブログの写真を見たクライアント様からは、
こんな声が、聞こえてきそうです。。

行ってきました!

私の球場でのプロ野球の楽しみは
試合よりも、選手の試合前の練習です。。。

キャッチボールの球のスピード、伸びと勢い、
フォームの安定度に、感動。。


松井稼頭央選手が、近くに来て、しゃべってくれる。
40代でも、ムキムキボディ。
めっちゃ、顔濃い。かっこええ!!(なんか、ええ匂いしそう・・・)
感動。

アルプス席からの応援だったので、レフトの選手が目の前にいましたが、、
内野ゴロのとき、二塁や三塁のすぐ後ろまでカバーに行ってる。。。
その手を抜かない仕事量や、足の速さにも、感動。。

野球マニアです。



冬の「繁忙期」に向けてのスタートは、もう始まっている。


プロ野球は、前半戦が終了。
オールスターゲームを挟んで、夏から秋の後半戦がスタートします。

セ・リーグは、
昨年の王者・広島カープが、独走態勢。。。
(タイガースも頑張って!)

実は、あるニュースを聞いて、
昨年のうちから「2017年も、間違いなく、広島は強いだろう」との
予感がありました。

昨年の秋、カープは、日本シリーズで
パ・リーグのチャンピオン・北海道日本ハムファイターズに敗れ、
日本一には、なれませんでした。

その日本シリーズの最終戦、
日本一が叶わなかった試合直後…
球場に併設された「室内練習場」から、バッティングの打球音。
主力選手たちが、悔しい気持ちをぶつけるように、練習していたそうです。

野球ファンなら、
広島カープのことを嫌いなファンは、ほとんどいないはず。

若手選手は、猛練習で、鍛え上げられる。
主力選手になっても、朝から球場入りして、練習する。
移動は、公共機関かタクシーチケット。
野球選手あるあるの「高級車をふかして乗りつける」は、ない
FA補強はしない、他球団にとられることは多々あっても、獲ることはしない。

カネ・名誉・チヤホヤが、好きな野球選手ではなく、
野球が好きな野球選手を集めて、育てる。

そんなことが、象徴された日本シリーズ直後のエピソード。
「カープ魂が、受け継がれている。恐るべし・・・」との凄味を感じたのです。

 
(でも、カープ女子とか、キライだ・・・笑)
カープには、武骨な男が、良く似合う。
山本浩二、衣笠祥夫、江夏豊、北別府学、大野豊、金本知憲、新井貴浩、黒田博樹。。
以前、ブログでも紹介した前田智徳は、代表格。

私の中には「カープ顔」というのが存在していて、
正田耕三、津田恒美、達川光男、佐々岡真司、、、
最近は・・受け継がれていない。オシャレで、かっこいい選手が増えて、イマイチ。
今村投手と、キャッチャーの石原くらいが、少し受け継いでいて、大好きだ。

「モミアゲの系譜」というのもある。
ミスター赤ヘル・山本浩二から始まって、永川勝浩、廣瀬純、、、
これは、菊池涼介に受け継がれている。安心。

カープ・ファンじゃないのに、カープ愛。。。
でも、そうさせるチームなのです。

 
ブログ表題とは、全然、関係ない好き勝手な話に、
脱線してしまいました。。。すみません!

 
つまりは、
決算や繁忙期が終わった後、何をするか?

飲みに行くのか、
「練習」するのか?

記憶と数字が、
リアルに残っているうちに、手を打ち、
夏のうちから冬に備えるのです。



オープン近づく葬祭ホールでの打ち合わせ


オープンに関わっている葬祭ホールの完成が、
年内に、あと3軒・・・。

今日は、ホールで、
大工さんに即席のテーブルを作ってもらっての打ち合わせ。

風が吹き抜けて、気持ちいいです。

 
 
スタートダッシュを決めることができる仕込みを、着々と。。
とても楽しみです!



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