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ますます「資本主義」を、どう生き抜くか?

意図せぬところで「資本」に飲み込まれて、
その「犠牲者」になる可能性がある。
そんなことが、多くなってゆくであろう、これからの日本。

どうしてゆけば良いか?

生きている人、すべての人が経営者になる。

それが「資本主義」を感じたから、
新旧の「資本」に関する名著を読んでみた、私の結論です。

社長だけが、経営者ではない。
独立して経営者になれ、とも言わない。
従業員でありながらも、自分が自分の経営。をしてゆく。
そうゆうことです。

「自分が自分の経営者となる」
具体的には、こんなイメージです。

・より給料=売上が上がるよう、売れる商品=得意技を持つ。
・その「技」が、誰かに必要とされる=「売れる」よう、他の人間よりも価値を高める。
・収入の何割かを、さらに給料が上がるための投資にまわし、さらに成長できる素地を作る。
・四六時中、仕事の価値を上げること、自分=ある機能を果たす商品として、生活をする。
・貯金をする=利益を残す。借入れやローンに甘えない。
最低でも1年、収入ゼロでも生きれる程度は。
・他からの情報に敏感になる。先見性を磨く。本、ニュース、業界の繁盛店を体験する。
・仲間と共に、連携して仕事を行う。
・自分の技や思考の継承者。自分がいなくても、職場がまわる人間を3人以上育てる。

資本について「これを読んだほうが良い!」と言われて、読んだ書籍。

聞いたこともない、
難しい言葉で表現されていて、
読み方、解釈も、いろいろだけれども・・・

私の結論は、
「一人ひとり全員が、経営者になれば良い」ということでした。
この感想を述べると、
大師匠が、これまでにないほど、評価してくれました。

なので、
たぶん、間違っていないです・笑

また、
上記のことができる、志ある人は、
「本物の経営者としての能力」を身につけておけば、
資本が猛威をふるっても、一生、食べるに困らず、
大きなチャンスが巡ってきます。
つまり、
「決算書が読める、その数字を作るため、現場を変えることができる」
決算書の数字と現場で行っていることが、
リアルにつながっていて、
それを良化させてゆく動きができる人。

高学歴でなくても、有名上場企業に就職していなくても、
年収1000万円以上をとれる近道は、これからは、これに尽きると思います。

企業の買収案件が、
もっと増えてゆきます。
この人材が不足してきます。必要とされます。



謹賀新年~資本主義を感じる1年

「昨年は、どんな1年でしたか?」と問われると、こうお答えします。

「これまでの人生のなかで、最も【資本主義】を感じた年でした」

これから、
もっと感じることになるであろう、
そのはじまりではないか?と思っています。

新年、あけまして、おめでとうございます。

資本主義とは、その名の通り「資本」=「お金」を、
個人や集団の考えや行動の原則としていること。

一般的で、身近な資本主義。といえば、
まず、仕事と給料=お客様からいただいたお金の一部が給料となること。
需給のバランスによる価格変動(お米、野菜、季節料金等)、
サブスク(固定収入)、
セルフレジ(効率化)、
ネットに出てくる広告(無料、時間消費の収益化)、
新商品と廃番品(価値の競争)、
時給・給料の格差(これも、需給バランス)、
高級時計&高級車と普通品(欲望)・・・等々があります。

私の普段の仕事、クライアント先を勝たせること。は、
まさに「資本主義」真っ只中です。

昨年、これまで以上に「資本主義」を感じたこと、
私のまわりに起こった出来事を列挙してみます。

1)まず、出張で泊まるホテルの料金高騰。
それに、海外での買い物、飲食代金の高額化。
「円=日本」の弱さを、つくづく、本当に、情けなく思う。

2)レトロな「いい感じ」のお店、建物、路地が、なくなってゆく。
再開発である。そのあとキレイな巨大ビルができる。
雑多な前のほうが良かったのになあ。。「資本主義」に、そうゆう情緒はない。

3)ご支援先を含む周辺で、
大資本に「買収される」案件が、増えました。何度か間近で関わりました。
こちらが「買収する」という話の数十倍、数百倍の規模感です。
これまで戦ってきた競合店が、大資本に買収され、今度は、戦う相手が変わる。ということは日常茶飯事です。

4)当社が居を構えていた大阪・北浜のビルは、
オーナー企業の意向で、売却されることになり、事務所の退去&移転を余儀なくされました。

さようなら。ライオン橋、中の島公会堂、バラ園、大阪証券取引所。。。

5)「ファウンドリー」というお気に入りのケーキ屋さん、
(百貨店にも入っていて、行列もできる人気店、という認識でした)が、
昨年の秋、全店舗一斉閉店。
大丈夫なのか?何が起こった?と、心配して、調べてみましたが、
実は「グラマシーニューヨーク」や「オードリー」「タルティン」という「作られた」ブランドを展開する、プレジィールという会社(100年前は米穀商、製麺製粉業からの転進)の1ブランドでした。
※グラマシー・・・は、恥ずかしながら・・・
「有名な店舗が出店してきたもの」思っていました。
壮大な虚構(嘘)と経済合理性の優先。資本主義である。

この「高さ」と「ボリューム感」、
果実とクリームのバランスの良さに魅了されておりましたが。

さて、こうゆう資本主義を、どうやって生きてゆくか?
(つづく)



レクイエム⑤「軍団」への違和感~トップの外との切磋琢磨

一昨年、音楽界の巨匠。
フォークの谷村新司。クラシックの坂本龍一。
お亡くなりになり、私の「レクイエム・シリーズ」に書き留めておきました。

今年は、スポーツ界の各分野の巨星が3名、お亡くなりになりました。
・ゴルフのジャンボ尾崎
・野球の長嶋茂雄
・サッカーの釜本邦茂

成績や記録はもちろん、記憶に残る天才肌の人物でした。

このレクイエムコーナーは、故人に対しての賞賛だけを行うものではない。
教訓、学びを得て、前に進むものである。

私は「軍団」を名乗る人、形成する人、それに属する人、群がる人、
チヤホヤする人に、どうも違和感がある。

ジャンボ軍団、たけし軍団、和田アキ子飲み会、
島田紳助ヘキサゴン・ファミリー、
小沢ガールズに、小泉チルドレン、安部派・・・

なぜ、私が、違和感を感じるのか。改めて考えをまとめておきたい。

(嫌い、というほどのことではない。が、自分は作りたくも、入りたくもない。
もし自分の子供が、そうゆうものを、作ろうとか、入ろうとかしたら、絶対やめとけ、距離を置け。とアドバイスする、そうゆう存在である)

「軍団」トップに立つ人は、前に名前がついた時点で、
それ以上の成長をしようとしない傾向にある点。
徒党を組んで、お山の大将となった人物が、さらなる高みを目指し、
他者に乞い、教えを受け、成長する。という可能性は、限りなく少ない。
結果として、所属メンバーの自立が頭打ちとなる。という点にあります。

ジャンボ尾崎は、全盛時、日本で負けなし。
でも、世界に出ると、まったく話になりませんでした。
田舎者的「軍団」志向でなければ、もっと外に目が向かい切磋琢磨すれば・・・
世界でも勝てていたのではないか?と、感じるのです。

軍団内では、社会と隔離された中で評価がなされる。
本人の自主的な思考回路が停止しやすい。
個人の好き嫌いによる評価が起こる。長期的に依存関係で自立しない。

集団意識による問題も起こりやすい
(実際、こうして並べると、起こしていることが多い)
トップに気に入られるかどうか、忠誠心が基準の多くを占める。
常識や反対意見は、裏切りとみなされる。
独自ルール、責任所在が不明確。という点が、その温床である。

能力主義・開放性・個人の自由と自立を重んじる感覚との衝突が「違和感」の正体である。

ジャンボ尾崎=尾崎将司は、元野球選手。
四国・徳島の辺境の地から、海南高校で勝ち上がり、甲子園でも優勝を果たす。
(※公立高校の初出場・甲子園優勝=通算勝率10割は、
原辰徳の父・原貢監督が作り上げた三池工業と、
尾崎の海南高校だけである。選手としていかに逸材であったかの証明である)
高卒で西鉄ライオンズに入団し、将来を嘱望されるも、
同期に超高校級の池永正明もいて、プロの面々と対峙し、限界を感じ、
4年目でゴルフ界へ転向して、大成功を収める。
安心して「一番でいられる場所」を作りたかったのかもしれない。

「軍団」を作りたい人間は、一見、豪快に見える。
が、本質的には、精神がタフでなく、寂しがり屋な面がある。



レクイエム④ 篠田正浩さん~勝者と敗者。常に勝者たるために

今年、同じく鬼籍に入った映画監督・篠田正浩さん。
吉田義男さんと、同じようなことを言っておられました。

↓↓
勝者はいつもにこやかで自慢話ができる。
敗者はいつも苦い水を飲まされる。
この苦い水を飲んでいる人のほうが、歴史の本質、真実をじかに体験している。
勝者は、有頂天になって見逃してしまっている。
人間としておごってしまう。そのときには自分も見失ってしまう。
負けて絶望することは、たやすい。
イマジンして希望を持つことは、それより困難だけれども、
人間はそれに向かって生きてゆく。後退は許されない。
歴史に逆回することはできない。
前に向かって新しい歴史を刻むしかない。
↑↑

正直、
私とクライアントは、勝つ=勝者であることが、ほとんどである。
敗者になることが、ない。
だからこそ、このことを、ちゃんと肝に銘じておきたい。
本質、真実を見つめ、有頂天にならず、おごらずに。
希望を見出し、後退せず、新しい歴史を刻む。

・チャレンジ=目標を大きく持ち、「そこに達しなかったこと」を
「負け」と感じとるようにしたい。
・小さな失敗、ミス、後悔を「負け」と感じ取りたい。
・法人を構成している人の「負け」を、しっかり感じとりたい。

そのように「負け」を感じて、
いつも油断なく、謙虚な姿勢で臨むようにしたい。



レクイエム③ 吉田義男さん~勝つこと、負けること

吉田義男さんも、現役時代を知らない阪神の名選手。
「牛若丸」と呼ばれた華麗な守備で、阪神のショートとして。
監督としても1985年「バース・掛布・岡田」の阪神を優勝に導いた。

が、その後、阪神タイガース「暗黒時代」への扉を開けてしまう。
1985年優勝の翌年3位、翌々年1987年には最下位に。
そこから15年間、
ずーっとBクラス(6球団のうち4位以下)、1度だけ2位がある。
その間にも、監督として再登板するも、2年間で5位と6位。

吉田さんは、天国と地獄を味わった。
生前のインタビューより
↓↓
私の野球人生を振り返りますと、1985年に優勝できたことは、
ものすごく大きな思い出です。
同時に、翌々年に最下位になっているんですよ、勝率3割3分1厘という。
この屈辱は、やっぱり誰にも言えないもの、すごく厳しいと言いますか。
でもね、僕は自分で「天国と地獄」と、言ってるんです。
やっぱり、両方味わうことによって、監督業のやりがいというか、
生き甲斐じゃないですかね。
勝つということは、喜んでいただけたということで、
それこそ気持ちの良いものですよ。
しかし負けるということは、勝負の世界ですから当然ですが、
批判され、自分は苦しい。
それは仕方ないですけど、途中で投げたら、僕は負けだと思う。
勝負に負けることが、
人生に負けたことには、つながらないと思う。
↑↑

ジェントルマンで、誰にも優しく、寛容であった吉田さん、
阪神ファンに愛された人物でした。



レクイエム②-2 剛球と制球。勝ち続ける者の条件は?

小山正明さんの全盛期、
阪神タイガースには、「村山実」というエースもいました。2枚看板でした。
サドベック投法と言われるダイナミックなフォームで、
闘志を剥き出しに、剛球を投げ込んでくる名投手。
途中でパ・リーグに移籍した小山さんよりも、村山さんのほうが有名。知名度は上です。

脱力系のフォームから「針の穴を通す」コントロールで
20勝以上をあげる小山さんとは、対極の存在。まさに「両雄」でした。

村山実、通算222勝147敗(プロ14年)
小山正明、通算320勝232敗(プロ21年)

剛球・闘志の村山200勝、
制球・精密の小山300勝。

どれだけ球が速くても、
プロの打者は、一球の「失投」を見逃さず、打ってきます。
100勝分の差は、きっとそこにもあります。

レベルの高い競争になると、剛球、速球。よりも、
「試合に勝ち続ける」ためには、コントロールの良さ。が、大事なのです。
(もちろん一定以上のスピードや技術は必要。という前提で)

コンサルタントにおける「コントロールの良さ」とは何か?
経営者における「コントロールの良さ」とは?

それは、失投=「致命的なミスを犯さないこと」です。

一発、二発、どーんと当て、業績を上げて(短命に終わる)のではなく
人を荒く、ぶん回して使う(使い捨て)でもなく、
長期的に、連続して。丁寧に、安定的に、
お客様の支持=売上を積み重ねること。

 
派手な剛球、快速球は、拍手を集め、注目も浴びる。
(かく言う私も以前は「剛球・速球派」の投手が好きで、憧れもしていました)
しかし、勝ち星を積み上げるのは、
いつも「当たり前」を外さない投球である。ということに気づきます。

仕事も経営も同じ。
評価されにくいが、最も価値があるのは、
「致命的なミスを一度も犯さずに、攻めること」

小山さんの「300勝の仕事」に学んだことです。



レクイエム②ー1小山正明さん(元・阪神)人を評価するとき、人は自分を語る

『こうゆう投手は、コンコンとゆうて聞かせても、
 まったく、あかんのですわ。もう、ほんまにねー。。』

「精密機械」「針の穴を通す」と呼ばれたコントロールで、
歴代3位・通算320勝をあげた、元阪神タイガースの小山正明さん(享年90歳)。

プロ入りが1953年。引退が1973年(当時、私は0歳)ですから
もちろん、現役時代を知りません。
「野球解説者」として知りました。
家と仕事場の近く、高砂高校の出身と父親から聞かされもしました。

小山さん自身が、
努力を重ね「コントロールの良さ」で一流になった選手だったので、
現役選手で、ストライクが入らない投手、四球で試合を潰す投手が出てくると、
とにかく、厳しかった!!(かつ、面白かった)

たびたび、上記のコメントをしていました。
(ヤクルトの高井雄平投手とかに対して・・・笑)

力任せで投げる投手が、キライ。
制球の良い投手が、スキ。

「自分に似たタイプ」の選手のことを高く評価し、
対極のタイプへの評価は、厳しくなる。
実は、これ。。解説者=評価者、全般に言えることです。

桑田は、身体の小さな選手、打撃・守備も上手な投手が大好きです。
(大きくて筋肉もりもり、力任せ、投げるのみ。には、特に厳しい)

矢野は、気持ちが前面に出て、積極的なプレイをする選手が大好きです。
(淡々として悔しさを見せない、消極的に見える。には、特に厳しい)

宮本慎也は、全体の中で自分の役割に徹し、基礎練習ができている選手が大好きです。
(天賦の才だけ、考えない、流れを切る。大雑把。には、特に厳しい)

一定の成功を収めた評価者には、こんな傾向が出てきます。

「類似性バイアス」という「人の性」です。
自分と似たタイプの価値観・経験・行動様式を持つ人を高く評価し、
異なるタイプを低く評価してしまう傾向です。

※先日のブログに当てはめるならば・・・・私の場合、
巡ってきた機会を「つかめるヤツ」「その準備を怠らないヤツ」を評価し
「つかめないヤツ」「その準備が甘いヤツ」に、特に厳しくなる傾向にある。

評価者、リーダーの多くは、
人を評価しているつもりで、実は自分の成功体験を重点基準に採点している。

・自分が誰かを評価するとき
・自分が誰かに評価されるとき
・誰かが誰かを評価しているとき
このことを頭に入れておいて、上手に、精密に「コントロール」しましょう。



レクイエム①―2 成功は「他人の不幸」から。つかめる奴か、つかめない奴か。

成功は「他人の不幸」がもとになっていることが多い。
そこから巡ってきたチャンス、タイミングを「つかめるか」「つかめないか」
つかんだ後「絶対、離さない」。
それが、その人の運命を決める。

このことを
不謹慎。と道徳的観点により、フタをする人も多い。
しかし、これは世の中の現実・真実のひとつである。

たとえば、スポーツ選手が、レギュラーをつかむ。成功するのは、
現レギュラー選手がケガや不調等により離脱している間に、活躍できるかどうか。
それまでの沸々とした万端の準備。
そこに、たまたまの巡ってきた偶然をつかめるか。
それで決まる。

ビジネスも同じ。
良い立地に、ドル箱店舗を出店できているのは、
それまで入居していた会社の採算割れ等による空きテナント(=他人の不幸)を、
サッとチャンスとしてとらえ、成功に変えたものである。
他にも、
他社の「納期遅れ」や「クレーム」が、きっかけで、自社に安定取引の仕事が回ってきた。
他社の「過剰投資で破綻した設備」を、安く購入し、高収益の生産体制となった。
他社の「雇用ミスマッチ」で、優秀な中途入社人財と巡り合えた。。等々、
他人の不幸を、見逃さずチャンスにする準備ができていたから、成功するのである。

 
私が、高校バスケ部で「レギュラーをつかめた」のは、
紺野先生・顧問の時代=1年生のときです。

1学年上の同ポジションのレギュラーの先輩から奪いました。
先輩は、眼鏡をかけたプレイヤーでした。
長身でガタイも良く、激突して相手を跳ね飛ばすパワープレイヤーだったので
「クラッシャー」と呼ばれていました。
ある試合中、その激しいプレイで、眼鏡が壊れてしまいました。
代わりの眼鏡も部品も、コンタクトも用意しておらず、
身体は元気なのに、プレイ続行不可能となる不幸に見舞われてしまいました。
=自分の眼鏡までも「クラッシュ」させてしまいました。。
(紺野先生に、めっちゃ、怒られてました・・・)
(私も、とにかく先生が怖かったので、試合には出たくなかった・・・。なんとか、先輩のメガネを元通りに戻そうと必死でした。テーピングで直そう。とか、他の部員の眼鏡をかけれないか。とか、やっていました)

結局、急遽、
試合に出たことのなかった私が代役として出場。

その試合、途中出場から20点以上を得点しました。
初登場で相手もノーマークでした。たぶん、試合にも勝ちました。

私が試合に出ている間に、
ベンチで何とか眼鏡を復旧させた先輩が、
「出れます!」と、紺野先生に申告に行きましたが、
「もうええわ!」(引っ込んでろ)と、一蹴されていました。
(早く、代わってくださいーー)と思いながら、プレイしていた私は、
コート上からベンチのその光景を見ていました。

次の試合から、先輩と併用で使われることが多くなり、
徐々に、私の出場時間のほうが増え、
やがて、先輩は、部活自体を辞めてしまいました。

スポーツ観戦のとき、いつも最も注視するポイントは、
準主力メンバーの「つかみかける瞬間」「つかんだ後の仕事」
現主力メンバーの「つかまれた後の態度」。

ビジネスにおける教訓は、普段からの準備。
「いつかチャンスが巡ってくる」と考えて。
それに「いつかミスを犯してしまう」と考えたリカバリー準備。
他社には絶対にチャンスの芽を与えないこと。
・・・・
あのとき、クラッシャーさんが、
ちゃんと予備の眼鏡をカバンにいれていたら・・・そうゆうことでもあります。



年末恒例:レクイエム①ー1 紺野先生(高校バスケ部の顧問)

高校バスケ部の顧問の先生です。
兵庫県高校バスケ界ではかなり名声と力のある先生でした。
葬儀にも参列してきました。

高校2年4月からは、別の高校に転任されたので、
実際に面倒を見てもらったのは、高校1年生のときだけ。
昔ながらの猛練習でした。とても怖かった先生でした。
(正直、1年で転任には、ホッとした・・・)

私が、中学校3年生のとき、
中学バスケの試合会場に来ておられて、
「エラいさん席=本部・招待席」に、どかっと座り、試合を観戦しておられました。

私が「加古川東高校」を受験することを知っていた、
中学のバスケ部顧問の魚谷先生が、
本部席の紺野先生にご挨拶に行ってくれました。
そこから戻ってきて、
「中西、加古川東の紺野先生が来てたから、お前が受験すること、伝えておいたぞ」
「センターには、特に来て欲しい。と言うとったで」
「とても影響力のある先生やから、受験のプラスになるかもしらん。がんばれよ!」

もちろん、その当日の試合は奮起。

・・・
たぶん、実際に受験で「下駄をはかせてくれた」ということは、ないと思います。
(今、考えれば。。)

しかし、当時、
紺野先生の存在と、魚谷先生の言葉が、
高校受験勉強の期間、どれだけ自信になったことか!!
自分だけの最強の「御守り」でした。

「少しくらい試験の点数が悪くても、バスケ加点で通してくれるだろう」という
根拠のない「思い込みと自信」につながっていました。

きっと、両先生は、そんなこと、忘れていると思います。

ちょっとした行動、声掛けが、人の自信につながることがある。

当時の感謝と恩返しに。
私も、できるだけ目標に向かう人への「応援」をすることにしています。



最期の1枠流し「死ぬまでにやっておきたいことリスト」

万博トーク、本日でラストにします。
「最後の学び」を記しておきます。

万博は、10月13日で終幕。
9月の後半からは連日満席で予約がとれない
=行きたくても入場できない状態。が続いていました。

そんななか、
私は、10月6日の10時から入れる「黄金枠」を、
早めにキープしていました。
「当然、行くだろう」と思いきや、
私の選択は「もういい。行かない」という選択でした。

もちろん、万博の全てを体験したわけではないけど、
観たいものは(これまでご紹介したようなテーマを持った視点で)、
だいたい全部、観た。満足した。ということが理由です。
会場が満員の状態=大混雑に巻き込まれてまで、行きたくない。

最後の枠「行けるのに行かない」という選択。
このことにより、感じたことは、
「人生の最後=死ぬとき。できることなら、このように死ねたらいいな」という
これまた、変わった人間の感想でした。

行こうと思えば、行ける。(多くの人は行きたい)
生きようと思えば、生きれる。(多くの人は生きたい)
しかし、満足した。
やり残したことはないから、もう終わりで良いよ!
自分が思うように動けず、
周囲に迷惑をかけながら生きるならば・・・
最終枠とれているけど、もう万博に行かなくても良い。
こんな状態で、人生も最期を迎えることが、できれば良いな。

万博、最初の感想:
ゲートに並び動く大人列を見て「なんや、これ!アウシュビッツやん!」から始まり、
ラスト「1枠残した状態で、余裕をもって満足のうち終わる」

すべてを埋め尽くさず、最後にひとつの余白を残す。
その終わり方こそ、万博が気づかせてくれた、自分の人生観です。

というわけで
「死ぬまでに、やっておきたいことリスト」の整備にとりかかりました。
万博効果です、最大の収穫かもしれません。

ひとつタネを与えれば、どんどん発展拡大してゆきます。



幼いころの写真。一時の恥ずかしさを乗り越えた先に

なぜ、私はこうゆう写真を撮るのか?

それは、1981年=小学校3年生のとき、
神戸で開催された「ポートピア博覧会」のときに撮った
1枚の写真が、思い出に残っているからです。

その1枚とは、
住友館の「森の妖精」をイメージしたキレイなお姉さんと、
近所の同級生と一緒に、テレっテレのニヤニヤで、写真を撮ってもらったもの。

きっと「えーー、ええわ、撮らへん」と言ったのに、
父親に「ええから、撮ってもらえ!ほら、二人とも早く行け!」と、
半分、無理やり撮られたものです。

当時、ポートピアで撮った写真のなかで、
結果として、この1枚が最も記憶に残り、今のこうゆう行動に至る。

三つ子の魂、百まで。
と言いますが、これも、きっとそうゆうこと。
=脳が柔軟な若人には、できるだけ色んな体験をさせてあげたい。

そして、写真って、大事です。

表面上のイヤ=一時の恥ずかしさを、乗り越えたその先に、
自分の人生を豊かにしてくれる「真の価値」が待っています。
今は少し躊躇することでも、
誰かが、背中を押してくれれば、
あとから大きな財産となるものです。



人との関わりこそ、永遠不滅の価値万博。万博おじさん「愛の記事」

「中西さんが、万博おじさんみたいになっています」と
独立以来、14年ぶりに会った、前職・船井総研の後輩より。

船井総研で立身出世を遂げ、進化中の彼。
私が船井を離れてからも、このブログをチェックしてくれているそうです。

「ただの万博おじさんちゃうやろ!
 どうゆう万博おじさんか、質の違いを、言ってみろ!」

「君は、僕が万博のパビリオンにたくさん行き、それにコメントしていること、
1か月以上、ブログにそれ以外のことが掲載されていないこと。つまり量的なことを言っただけだ」

「それで、良くそんな要職をつとめていられるな」
「お前がその程度なら、船井もその程度やぞ!!」

なーーんて、
昔、さながらに、ビシバシ、シバキあげてやりたかったけど・笑

そこは、
爽やかに「そうやろ? チェックしてんのかー。」と、
大人な対応をして無難に過ごす。ほかのメンバーもいたしね。

ですが、この記事を見て、
またさらにグレードアップしてくれ。

フフフ・・・
今日は、キミの想像を超える私の万博おじさんぶりを、披露してやろうではないか・・・

ほれ。

ほーーれ。

パビリオンに入るまでの行列の長い「待ち時間」を、どうやって楽しむか?
オモテに出てこない各国の実態を、どうやって知るか?
私は、
各国のコンパニオンさんと「話すこと」「一緒に写真を撮ること」が一番。
と考えて、実行していました。

思い出に残ること、楽しいことは、
やっぱり「人」との関わり。

これは「永遠不滅の価値」だと思います。

・・・・
後輩君、
彼の良いところは、こうゆうことを、言われやすい。
愛されるキャラクターです。
それを素直に、前向きに受け取り、少しずつでも自分を変化させてゆこうとする点。
さらに多くの人、会社の成長の役に立つ人になってもらいたい。



酒のアテ。考えさせる余地

体験してみて「くだらないパビリオン」なのに、
印象に残るのは、なぜか?

それは、考えさせる余地があるからではないでしょうか?
「もし自分なら・・・」と思わせる余地です。

河瀨直美パビリオン184日間、184個テーマのうち、
いくつかをランダムに抽出してみました。

友達と飲みに行くとき、
トークのネタとして、面白いテーマになります。
(そのときのために、記録しておきます)

・強すぎる言葉を選んでしまうのは、何が怖いからですか。
・今日のあなたを、あなたの言葉で抱きしめてあげてください。
・あなたの人生で終わりに近づいているものは何ですか?
・あなたが絶対的に信じていることを1つ教えてください。
・あなたのレベルが3つ上がるような今日の目標を立ててください。
・もし一度だけ、魔法が使えるとしたら、あなたは何のために使いますか?
・生まれ変わったあなたが、あなただと確信するためにはどこを観察したらいいですか?
・本当は平気じゃないのに、平気なふりをしていることはありますか?
・素直になりたいあなたを、素直にさせないものは、何ですか?
・どちらかといえばあなたは善人ですか?悪人ですか?
・人生で初めての敗北は、なんでしたか?
・この星で、あなたが最もエネルギーを感じるものは何ですか?
・この世界を良くする新しいルールをひとつつくってください。
・余計なお世話と思ったけれど、余計じゃなかったお世話はありますか?
・人間以外の生き物と話すことができたら、どんな話をしますか?
・あなたの物語は、いま何ページのどんなシーンですか?
・ずっと後回しにしていることを、明日やる理由を考えてください。
・あなたのご先祖様は、あなたにどんな力を与えてくれますか?
・いまとなっては不思議なくらい、好きでたまらなかったものを教えてください。
・その魅力が分かるまで、いちばん時間がかかったものは何ですか?
・これまでの人生で、いちばんのご馳走はなんでしたか?
・あなたの笑顔のスイッチは、どこにありますか?
・あなたがいちばん嫌いな人を、好きになる方法を考えてください。
・あなたがこの世界から手渡されたいちばん大切なことづけはなんですか?
・何をしたら、無関心なあなたの気を引くことができますか?
・明日、風が吹くとしたら、どんな風が吹いてほしいですか?
・もしもあなたに地球から託された使命があるとしたら、それは何だと思いますか?
・バカみたいに繰り返している失敗をひとつ教えてください。
・家に一つだけ窓をつけるとしたら、その窓の向こうに何が見えてほしいですか?
・あなたの人生最高の日はいつですか?
・本物と偽物は、何がどう違うのでしょうか?
・あなたの人生が、あなたにくれたいちばんのご褒美は何ですか? 等々。。。



印象に残るパビリオン ~最も面白く、最も面白くない

入館できた「シグネチャー・パビリオン」のなかで、
最も面白くて、一方、最も面白くないもの。
同時に2つをはらんだパビリオン。
それが、
映画監督・河瀨直美さんプロデュースの「いのちのあかし」です。

パビリオンは、古い学校の廃校舎を移築したもの。
木の香りも、景観も、とても素敵な建物でした。
前述の落合パビリオンの対極的な存在とも言えます。

この古い木造校舎の中に、
昭和の映画館のようなシアターと座席があります。

毎日、日替わりで、参加者に「質問テーマ」が与えられます。
1コマ、約80名くらいの参加者のうち、
1人が代表者となり、
この証言台のような場所で、
スクリーンの向こう側の、これまた日替わり?の誰か
(たぶん、河瀨直美関連のコミュニケーション力のある人)と、
質問テーマについて、会話します。
この対話の様子を、みんながシアターの中で鑑賞する。というものです。

あるようで、なかった。
見ず知らずの人が出会い、
唐突な初めてのテーマで、初めて対話していることを、
ゆっくり、じっくり聞く。という機会。

みんなの前で話す代表者になれるなら、
立候補してやろう!笑 と意気込んで参加しました。
(立候補制。と聞いていました)
が、当日は全員の抽選制でした。。残念!

私が訪問した日のテーマは、
「あなたの人生で終わりに近づいているものは何ですか?」
・・・・
まあ、、、
参加者代表で話した人の、上っ面だけのしょうもないトークと、
スクリーンの向こうの人の、なぞるだけの当たり障りない質問、
うまくまとめようとする返事よ。。本当に、くだらないものでした!
・・・・

もしボクに当ててくれたら、全員の前で、
めっちゃ面白い、ぶっちゃけ本音トークが、できたのになあーー。
(世間体重視・形式主義の人からは反感を買い、係員につまみだされるかもしれませんが)

即興トークは、
一流同士がやれば、150点にも、200点にも、1000点にもなります。
でも、三流以下がやれば、このように、目も当てられない状況となります。。
そして、そうゆう人が多い。
という現実がわかったということが、収穫です。

無難に70~80点を狙うなら、台本あり。ですね。

で、
皆さんの
「人生で終わりに近づいているもの」
何ですか?



人気パビリオン=人気ホールを作る過程と思考法

落合陽一のインタビューより。
ナンバーワン・パビリオンのひとつ「null2」を生み出した過程をメモしました。

まずは、
過去1970年の万博を徹底的に研究した。
=その結果、基本的な表現方法は、すべてやりつくされているということがわかった。

当時、岡本太郎が、縄文時代。をテーマにした。
だから今回、落合は弥生時代。をテーマにした。
そのため外観を「鏡」のようにした。

弥生時代は、日本が外とのかかわりを持った時代である。
それ以降、日本人は「リミックス」が得意な民族となる。
海外を取り入れながら、日本独自のものに発展させてきた。
だから、落合パビリオンは、
最先端の外国の技術を学び、融合させ、
世界で一番面白い、独自のものを作った。

大屋根リングを超える建物は、作れない。
という万博の規制があった。
だから、null2は、吠えさせた。
彼の表現を借りると「吠えるしかない」
(ウオーーーン、ウォォォーーーンという、なんとも言えない“声”のような音を発している)
つまり「音」を出して、目立たせることにした。

面白くないパビリオンになるのは、こんな作り方である。
業者を呼んで作らせる。
→できました。プロデューサー、確認してください。
→プロデューサーが来て、ダメ出しをして、帰ってゆく。
→「できました」来る「ダメ出し」・・・それを繰り返し作られてゆく。。
これだと面白いものは作れない。
友達、教え子、仲間たちと、一緒に作ったからできたものがnull2である。

今の時代、人と人が「通信」によって「頭と頭」で関わりあう。
そうゆう経験は、人類史上最高にたくさんできている。
「人間じゃないもの」と、直接、触れ合う。
という経験をしてみるのも良いのではないか。


マーケティングにも共通する思考法
【まず、そのテーマ・分野の過去を全て調べ尽くす】
【自らの特長を知る】
【リミックス=最先端を知り、融合させる】
【規制やルールのなかで完結して埋没しない、諦めない】
【なんとしても、規制を突破する方法、別のアプローチを見つける】
【自分のチームで、作る】
【人が見たことのない、初めて触れるモノ、箱、空間を作る】

人気パビリオン。
イコール人気店舗である。
作る過程と思考法は、まったく同じである。



シグネチャー・パビリオン落合陽一。経営者として学ぶこと

万博には「シグネチャー・パビリオン」というものがありました。
「いのち輝く未来社会のデザイン」を体現するパビリオン群の総称で、
各分野の第一人者である8人の「プロデューサー」が、
それぞれのテーマに基づいた展示を手がけています。
つまり、企業でも、国でもなく、日本が世界に誇る「個人」が作った、パビリオンです。

中でも、人気を博したのが、
以前のブログでもご紹介した「落合陽一」がプロデュースをした
Null2(ヌルヌル)
何度予約しても、入ることができませんでした。
当選確率2%、というのですから、無理もありません。。
https://sousai-keiei.com/nakanishi/blog/2019/09/21/

「俺は、君があまり公にしていない親父(信彦)のときから、知ってるんだぞ!」
と、念じて申し込んでも、当たらない。。
(それが、当たらない理由だったのかもしません・笑)

入場できなかったので、パビリオンの内容はわからない。

落合陽一に対しては、評価はするも、言ってることが、なんだか難しいし、
才能はあるけど、頭でっかちのチャラいヤツ・・の可能性もあるかも??
と思っていましたが、

今回、私が一目を置き、
ほかの皆さんからも評判も高めていたのは、
多忙な彼が、万博の開催期間184日のうち約100日。
つまりは、2日に1度以上は、大阪の現場に来ていて、
自ら内部やCPUの調整を行っていた。ということ。

そして、地下鉄が止まってしまい、
来場者が会場から帰れなくなったことがあった日。。。
大阪の別の場所から、遠隔操作で、null2を解放し、
帰宅困難の方に、楽しんでもらったという事実。

(困ったとき、頼るべきはこうゆう人だな)
(僕が、帰宅困難民になったとき、「落合パビリオンに行ってみよう!」となっただろうか?)
(そして、経営者として、こんな人になれるだろうか?)

才能がある。
しかも、
お客様、スタッフがいる現場に足を運ぶという態度・姿勢がある。
困ったとき、頼りになる。
これこそ、
最強ではないか!

才能が普通。もしくは、普通以下なのに、
現場に足を運ばず、お客様も見ない、スタッフも見ない、商品も見ない。。では、
どうしようもない。
「落合」のような経営者が率いる企業に、勝てるわけがない。



日本が独立できている理由。ちゃんと見直そう

ずっと独立を保つことができている国は、世界の中では、稀有なのです。

サンマリノと同じ理由=山岳地帯の小国で、
手に入れる労力コストと価値が見合わないから
他国に侵略をされず「独立」を保ってきたケースとして
スイス(これは強大な軍隊を持つ)。ブータン。ネパール。があるそうです。

その他に、独立を維持してきた国は、タイ。
東南アジアで唯一、植民地化されなかった国です。

「チャッピー君」(チャットGPTを若者はこう呼ぶらしい)に、
その理由を尋ねると、
タイは、
<条約での譲歩と見返りの獲得>
領土の一部を英仏に譲り、国家の独立を保証させた。
 → 「一部を差し出して、全体を守る」という現実的判断。
<近代化を“自発的”に実施>
ラーマ5世(チュラーロンコーン大王)は、ヨーロッパに学び軍・行政・教育を改革。
 → 「文明国」として列強の“支配対象”から“対等な交渉相手”に。
<王室外交の巧妙さ>
王族が直接ヨーロッパを訪問し、タイの「知性と教養」をアピール。
 → 欧米の新聞が「シャムはアジアの紳士国家」と評した。

スイスのことも、チャッピー君に、聞いてみた。
~ヨーロッパのど真ん中にあり、四方を列強に囲まれていた。
そのため「中立」は理想ではなく、生存戦略として生まれた。
平和主義ではなく、“武装中立”というリアリズムである。

<地形+民兵制による武力抑止>
アルプスの山岳地帯を要塞化し、「攻めても得がない国」を演出。
 → ヒトラーも「侵攻のコストが高すぎる」として断念した。
<傭兵外交(スイス傭兵)>
他国の戦争に傭兵を送り込み、ヨーロッパ各国に「貸し」を作る。
 → 「攻めれば味方が減る」構造を作り出した。
<金融・調停国家への転換>
中立を制度化(1815年ウィーン会議)→ 世界の資金が集まる金融ハブへ。
 → 「戦わずして影響力を持つ」モデル国家へ進化。

そして、日本も独立を保ってきた国。として、掲載されています。
~文化を盾に、近代化を武器に。知的サバイバル国家。
文化と軍事のバランスで列強を“かわす”。
キリスト教・銃火器・貿易・情報を、選択的に受け入れた。

<情報鎖国ではなく、情報管理>
外交・科学・軍事の最新知識を、オランダ経由で吸収(蘭学)。
 → 完全に閉じず、選んで開く。
<“幕末の柔軟さ”で列強の要求を分散>
黒船来航後、各国と条約を結ぶことで一国支配を避けた。
 → 「複数の列強が利権を分け合う=一国による植民地化を防ぐ」。
<明治維新による先取り近代化>
欧米列強が「支配対象」とみなす前に、自ら近代国家を樹立。
 → 植民地どころか、帝国主義の一角へ。

これを、まとめさせてみました。
         タイ      スイス     日本
戦略の主軸   外交バランス  中立と抑止  自発的近代化
手段      譲歩と交渉   武装と金融   文化と情報
成功要因   国益を最優先   実利主義   柔軟な知性
核心の思想  「勝たずに生きる」 「守って稼ぐ」 「学んで追い越す」

・・・・
個人的な見解では、日本は独立国家ではない。
「国民に独立国家と思わせる、巧みなアメリカ支配を受けている。アメリカの属国」と考えていますが。。。
・・・・

「先進なるものを、自ら積極的に取り入れること」
「学んで活かすこと、知性・文化」
それが、日本人の日本人たる所以であり、大切なことである。

また、独立維持の共通点は、
地理にもあります。
山岳地帯の小国。
四方を海に囲まれた小国。
自国の特徴を活かす、重要な要素です。



「独立」を維持する方法~サンマリノで知ったこと

サンマリノって、
イタリアの都市のひとつだと思ってました。
が、国でした。

しかも、
「1700年間、軍隊を持たずに、独立を維持している。
戦争をしたことがない世界で唯一の国である」
と、コンパニオン君が、誇らしげに教えてくれました。
イタリアの中にある小さな国(東京や大阪のひとつの区くらいの大きさとのこと)で、
そんな小さな国が、どうやって独立を維持するの??
侵略や併合されないのか?と尋ねると。

「ものすごく口で言い返して、攻撃したり、交渉したりするんだ!」と、教えてくれました。

後日、
サンマリノが、独立を維持できている理由を、ネットで調べてみました。
○戦争までして、獲っても、あまり意味のない国。
○山岳地帯にある小国=地形に守られ、独立を維持している。
ということがわかりました。
・・・・なるほど、、そうゆうことかーー。

サンマリノ・パビリオンで、お土産を購入しました。
(教えてもらった授業料として。+そのうち値上りするんじゃない?って打算もありながら)
アイルトン・セナの没後30年の記念切手。。
そう、セナがレース中に亡くなってしまったのが、
サンマリノGPでした。

そして、また、神社の名言に戻る・笑
日々、勉強しております!



渡航困難国その2~自分の写真を影響領内に飾ること

トルクメニスタンは、独立パビリオンで出展。
マイナーですが独裁国家。「中央アジアの北朝鮮」とも呼ばれ、
特別な許可がないと渡航できないそうです。
入口で迎えるのは、この写真。

「誰ですか?」と尋ねると、
ブスっとしたコンパニオンが、
ブスっと「大統領です」と教えてくれました。
(ん??あまり、愛されてないのかな?)と、邪推してしまいます。

レーニン、スターリン、毛沢東、金正日、ヒトラー、
戦時中の昭和天皇、ヤクザの親分、宗教団体の教祖・・・
自分の写真を、
自分の影響範囲に掲げさせるのは、
心理的支配をもくろむ独裁組織の特長です。
そして、非合理的社会を作っている不安の裏返しでもあります。
(お、、そう言えば、某FCチェーンでも・・・笑)

そして展示は、とても鮮やかな「没入型」
外部にも大動画スクリーンを備え、国威を誇示していました。

↑この「外観に大動画」スタイルは、アメリカとトルクメニスタンのみ。

万博で、はじめて知った国でした。



渡航できない国=レベル4の万博戦術

海外パビリオンで、
一人当たりGDP。幸福度。に続いて、
注目したのは、「危険な国」「渡航できない国」です。

<外務省・安全基準>
日本では旅行者に対して、外務省から注意喚起が行われています。
レベル1:十分注意してください:日本国内の滞在時と同様の注意が必要です。
レベル2:不要不急の渡航は止めてください。渡航を控えるべき地域です。
レベル3:渡航は止めてください。渡航を中止、滞在している場合は退避してください。
レベル4:退避してください。生命に危険が及ぶ可能性があります。

国土全域が「レベル4指定」の国で、
万博に来ていたのは、
イエメン、ウクライナ、スーダン、ハイチ。

自分がもし、生命不安を抱える状態の国の責任者だったとしたら、
そもそも、万博に出展する?
出展するとしたら、どうするか?
そんなことをイメージしながらの訪問です。

ウクライナは、「Not For SALE」と全面に掲げ、
黄色と青色の国旗色が鮮やかな展示スペースを作っていました。
「売り物ではない」がテーマです。
売りものに見えるけど、売っていない陳列。
QR読み込みさせて、国の現状を伝えていました。
このあたり、大国ロシアに一歩も引かないプライドを感じます。
が、(もうちょっと、うまくやれば良いのに・・・)とも感じます。
でも、だからこそ、戦うのでしょう。

この対極の出展方法が、イエメン。
展示はそこそこ。「ここぞ!」とばかり、
アクセサリーをバリバリ販売して、外貨を獲得。
もはや夜店の屋台です。完全に振り切っていて、感心します。
しかし、日本がレベル4=渡航するな。としているのが現状ですから、
これこそ、彼らの正攻法ではないか?
(そして、それに群がる日本人・・・・これは相も変わらず・・・どこに行っても・・・ね。ふうぅぅ)



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