2026年10月10日 19:52
情報収集は、欠かせません。
展示会=見本市には、
出張の合間をぬって、時々、お伺いするようにしています。

ちなみに、
AI系、DX系の展示会で感じること・・・
AI・DXの会社。なのに、
ブースへの呼び込みは、100%近く、人力。。笑
何だったら、どの業界の展示会よりも、人力。
そこ、AIやDXにしなきゃ。
ちゃうんかい??
会場は、ひどい状態。
需給バランスがとれていない、カオスな導入期にあります。
まだ、我々が使えるコスパレベルに達してはいない。
そして、、、
その「人力」の呼び込みのフレーズ&動きも、なってません。
「××興味ありますか?」
「いかがですか?」
「○○を始めたので・・」
「少しだけ、お時間を・・」
まったく、ダメだ!!
ブース立ち寄り率を、1.5倍にできる、
魔法の呼び込みフレーズがあります。
(それだけで、数百万円、数千万円の利益が出ます)
展示会の出展企業に、逆売込みをかければ、コンサル料を稼げますね・笑
2026年10月4日 19:00
NHKが、まだ、駆け出しで無名に近い俳優だった「渡辺謙」を
主役に抜擢したのも、
「独眼竜政宗」の大きな特長でもあります。
北大路欣也(伊達輝宗)
大滝秀治(虎哉和尚)
勝新太郎(豊臣秀吉)
津川雅彦(徳川家康)といった、不動の大物俳優が、周りを固める。
NHKには、かなり見る目があって、
「徳川家康」では、役所広司を織田信長に。
「新選組」では、堺雅人を山南敬助に。起用。その後、名俳優へと駆け上がってゆきます。
二人とも、リアルタイムで観ていましたが、
前者は、野性味あふれる豪快さ。後者は、静けさと優しさの狂気。
演技だけで圧倒的な存在感を示していたことは、記憶に残っています。
私の親世代は、石坂浩二や緒形拳の登場も、そうだった。と教えてくれる。
そして、
何と言っても、
「独眼竜政宗」での、もう一人「チャンスをものにした」ヒーローは、
いかりや長介さんです。
コメディアンから、このドラマがきっかけとなり、俳優への転進を果たします。

祖父・晴宗、父・輝宗、そして政宗の3代にわたり仕えた忠臣・
頑固一徹の老猛将・鬼庭左月斎(通称:おにわさげつ)を演じます。
(この適任な配役を組んだNHKもすごい!)
ドラマでは、
死を覚悟した合戦を前に、嫡男・綱元に対して
「・・・よいか、わしのように若死いたすなよ」と、お笑いコメントを残して、伊達家のために死んでゆく。
本当に、良いドラマでした。
使う側、ステージと役を用意する側。
使われる側、ステージで演じる側。。。これが教訓です。
2026年9月27日 19:57
徳川家康を演じたのは、津川雅彦さんでした。
これまで数々の俳優さんが、徳川家康を演じてきました。
滝田栄、松潤、北大路欣也、 風間俊介、 寺尾聰、 西田敏行・・・・等々。
現在の大河ドラマ「豊臣兄弟」で家康を演じる、
松下洸平さんも、(歴史に残るかもしれない)という名演ぶりです。
何と言っても
私の「家康」イメージに、最も近いのが、津川さんです。
いやらしい「たぬき」感が、極上にマッチしています。
心に残る名場面と教訓は、関ヶ原・直前の場面より。
「政宗め。わしの足元を見て、脅すつもりじゃ」
↑政宗は、敵である上杉と講和することをほのめかしてきた。
「伊達が逆心し、上杉については一大事かと存じまする」
「放っておけ」
「上杉を、奥州にくぎ付けにすれば、それで十分じゃ」
「飴をなめさせておけばよい」
「飴。と申しますると?」
「政宗が欲しがるものは、何か。よう考えてみい」

・・・・
家康は、伊達の本領7か所(福島県の北部~米沢)を返還する。と約束する。
「これで、父祖墳墓の土地を奪還できる」
「これに、現在の石高を加えると・・・100万石を超えまするぞ」
いわゆる「100万石のお墨付き」をもらい、政宗と家臣は歓喜する。
結果、関ヶ原の戦いは東軍の圧勝に終わる。
しかし、政宗が家康に隠れて、
南部領内での一揆(和賀忠親の一揆)を煽動し、
どさくさに紛れてさらなる領土拡大を狙っていた陰謀が家康に露見する。
これを口実に「百万石のお墨付き」は、反故(取り消し)にされ、
最終的に加増されたのはわずか2万石程度。
(後の仙台藩62万石の基礎)にとどまる。
「足元を見て家康を脅した政宗」と、
「それを利用して戦いに勝ち、最後は手のひらで転がした家康」
キツネとタヌキの化かし合いのような心理戦が、描かれています。
また、こんな言葉も。。。
「三成の号令に従う武将がどれほどいるのか」
「諸大名はみな息をひそめて、形勢を見守っておる」
「今、石を放り込めば、水の深さもわかる。
波紋の広がり方も明らかになる」
津川・家康からの教訓をまとめておきます。
「飴をなめさせろ」
相手の欲しがるものは、何か? を考えて、動かせ。
今の力関係と、後の力関係は、異なっていることが多い。
飴はそのとき甘い。が、なくなる。
「石を放り込む」
自分が動くことで、相手の反応がわかる。そこを見てから、また動いて有利に運ぶ。
動くこと自体、一発での成果は考えない。
自分が余裕を持って先に動く=相手を試すという行為である。
営業にしろ、告白にしろ、石を放り込む。という行為なのです。
2026年9月26日 19:15
勝新太郎が演じる秀吉。
渡辺謙が演じる政宗。
秀吉が、北条氏・小田原攻めていた陣に、
政宗が遅参し、死に装束を身につけて、
初対面を果たす。という歴史的にも有名な場面である。
ここで、勝新太郎は、NHKの演出に提案をして、採用されている。

秀吉と政宗は、ここで初対面するのだから、
当時、まだ面識のなかった、勝新太郎と渡辺謙も、舞台セットで初対面する。そのリアリティを撮れ。というのである。
リハーサル、なし。
楽屋への挨拶も、なし。
二人の本当の初対面が作品となっているのです。
勝新太郎は、
作品の演出に提案をして、決裂した過去があります。
相手は、あの黒澤明監督。
映画「影武者」の主役でしたが、
衣装・セリフ・立ち回り・設定等々に提案を行い、
ち密な演出やカメラワークを信条とする黒澤監督の不信感が徐々に増大してゆく。
最終的に、勝新は、
自分の演技をチェックするため、撮影現場にビデオカメラを持ち込もうとして、
黒澤監督の逆鱗にふれ、決裂。降板。
二人の天才の激突でした。
/////
「役者」は、
監督や演出から言われたことを、完璧にやりきる。という人が、本物のプロ。
それとも、
意見や案を出しつつ、共に作るほうが、本物のプロか。
後者の提案は大事だけど、
最終的には、前者でしょうよね。
/////
勝新太郎の提案を受け入れて挑戦したNHK。
今となっては、それも「独眼竜政宗」を彩る、名場面とエピソードです。
2026年9月20日 19:26
片倉小十郎景綱
知略の面で、幼少期より政宗を補佐した武将です。
西郷輝彦さんが演じていました。
政宗が、秀吉に服従したのち、
秀吉は、政宗の家臣である片倉小十郎景綱を、
秀吉自身の直接の家臣として、大名に取り立ててやる。と持ち掛ける。
いわゆる「引き抜き」である。
本社のワンマン社長が
買収した関連会社の優秀社員を、別の関連会社の社長にしてやる。ということに近い。
秀吉(演じるは、あの勝新太郎さん!)
「政宗、折り入って、そちに無心があるが、よいか」
政宗
「はっ、何なりと」
秀吉
「……小十郎。近う、ちこう」
「かまわぬ、前へすすめ」
「おぬし、伊達の知恵袋じゃそうじゃな。近くでみたい」
「ほう、良い相をしておる」
「政宗、この小十郎の器量を見込んで、三春城をつかわそうと思うが、どうじゃ?」
「小十郎に、三春(領地)の領主にしてやろう。」
「働き次第での、十万石にもしてやろう。」
「二十万石……いや、三十万石にもしてやるぞ」
「どうじゃ、どうじゃ、政宗」
小十郎
「ありがたいお言葉にござりまする」
「されど、その儀はひらにご容赦を」
「ご無礼の段、なにとぞお許しくださりませ」※素早い動きで部屋の最後部まで下がる
「それがしは、先代・輝宗公より格別のお引き立てにより、姉ともども、傅役(もりやく)を仰せつかりました。」
「以来、十九年。及ばずながら伊達に奉公つかまつり、過分の処遇を賜っておりまする」
「小十郎は、伊達家に骨をうずめる覚悟にござりますれば、なにとぞ」
秀吉
「ほう・・この秀吉のために骨をうめるでなく、伊達のために骨を埋める。とそちは申すか」
小十郎
「恐れながら、今や伊達に奉公申す所以は、
殿下にご奉公申し上げるに他ならずと心得まする。一層の忠勤に励みますれば、なにとぞ」
「伊達家にて、無用と仰せられれば、
この小十郎、己の不忠を恥じて、ただちに割腹つかまつりまする」

このやりとりの間、政宗に類が及ばぬよう、
政宗が話さなくても良いように、小十郎が表に立って言葉を発する。
秀吉
「どうじゃ、どうじゃ、うん、わしが見込んだだけの男であろう」
「小十郎、そちの心根に免じて、これをつかわす(派手な羽織を投げつける)」
場を離れてから
政宗
「愚かな奴だ、せっかくの出世を棒に振りよって」
小十郎
「急がば回れと申しまする。
10年もたてば、関白殿の天下も去り、伊達家興隆の時節がまわってきましょう。
殿のご器量にすべてを委ね、大願成就を信じて、ご奉公いたしておりまする。
さればこそ、関白殿の誘いを退けたまでにござりまする」
「恩着せがましいぞ」
「いえ、決して」
「小十郎、ありていに申せば、わしは嬉しかった」
「もったいないお言葉」
「お前の忠義は、生涯忘れん」
・・・・実際、伊達家は、代々、片倉家を大切にし、今も残っている。
・・・・・
途中、秀吉の近習(石田三成)たちが、政宗と小十郎に浴びせた言葉が下記の通り。
「どうした、小十郎、御礼を申さぬか」
「慮外者!殿下の仰せを何と心得る」
「伊達殿に、遠慮いたしておるのか」
「伊達殿、何とか申されよ、そなたが許すと申せば、小十郎も納得するに違いない」
「主君の命に従わぬと申すか」
・・・・・
当時、中学三年の自分も将来、
「禄を食む」=つまりは、給料をもらう人間。となるであろう。そのとき、
「かくありたい」と、感じたシーンです。
・採用してもらった恩義に報いること。
・目先の金や地位で動かないこと。
・筋を通し、忠節を貫くこと。
その対極に、
秀吉の近習(石田三成など)の存在がある。
かく「なりたくない」と、強く感じる。
・虎の威を借るキツネ
・自分の実力を、親分の実力と勘違いして生きること
・親分の機嫌をとることでしか生きていない、太鼓持ち。になること。
このあと、
豊臣家は滅びる。
伊達家は、江戸・明治を生き残り、現代も続く。
どんな家臣が中枢にいたか。の違い
そこまでの歴史をも暗示した名シーンでした。
////
昭和と言われようが、化石と言われようが、本来、日本が日本である一要因である。
こうゆう教育も受けていない。知らない。知っていても他人事。。
新入スタッフに見せてほしい。感想を聞きたい。
2026年9月12日 19:01
虎哉和尚の名シーン、これをご紹介して、ラストにします。
敗戦して帰ってきた政宗に
「笑・とうとう、地獄を見られたか」
「殿のお心の中には、地獄があり、極楽がある」
「仏さまは、格別に殿を見込んで、地獄の入口をご披露くださった」
「引き返すことはできますまい。武将の道は、地獄への道じゃ」
「地獄を通らねば、極楽へは行けぬ」
「人を殺め、城を奪い、己も狙われ、裏切りにおののき、
悪夢にうなされ続ける、それが武将の宿命にござる」
「家督を返上されれば、楽になりまするぞ」
「いっそ、頭をまるめて、禅門に入られてはいかがかな。
極楽がぐんと近うなりまするぞ」
「そうは、参らぬ。ここで尻尾を巻いては武門の恥辱」
「政宗は、未来永劫、世間の嘲りを受けようぞ」
「ならば、地獄へ落ちるしかあるまい」
「地獄、地獄と申すな!」
「では、何が聞きたい」
「負け戦から、立ち直る手立てじゃ」
「いかにすれば、家中の信頼を取り戻し、蘆名に一矢報いることができるのか」
(ポン!)と手をたたく。
「左手が鳴ったか、それとも、右手が鳴ったか?」
「そこを、とくと考えられよ」
政宗は、挟み撃ちを考える。
「これからの戦は、八方に目を据え、天下の形勢をにらみつつ、
友軍と呼応して、かからねばなるまい」
////
「武将」は、
会社と社員の人生を背負って意思決定している「リーダー」と置き換えて良い。
「リーダーへの道は地獄への道」
「誰かの人生を左右し、顧客とシェアを奪いあい、
己もまた競争にさらされ、スタッフの裏切りにおののき、
決断の夜には安眠できぬ。それが、リーダーの宿命にござる。」
いっそ、責任と競争から降りますか??
それとも、地獄を通って、極楽を見ますか?
友軍と呼応することも大事な時代です。
2026年9月6日 19:43
輝宗・政宗父子に、悲劇が訪れる。
政宗は、自分を最も信頼してくれていた父を殺すことになるのです。
状況は、こうである。
政宗は、二本松に拠点を置く畠山義継を攻め、攻略に成功する。
義継は、政宗に降伏を申し出る。
政宗は、降伏を認める条件として、ほぼすべての所領を没収し、
家を維持できない状況にまで追い込もうとした。
なんとか取り計らってもらいたい、と、
義継は、宮森城に隠居していた輝宗を訪問して、泣きつく。
輝宗は「政宗に家督を譲っている。最終判断するのは、政宗である」と伝える。
帰り、城門まで送ってゆく途中で、
義継は、輝宗を拉致。二本松城へ連れ去ろうとする。
急報を聞いた政宗は、二本松の所領に入る直前で、一行に追いつく。
「父を顧みて、伊達の家名を汚すな!」
「政宗!伊達の統領は、そなたじゃ!」
「このままでは、末代までの恥だぞ」
「政宗!天下をとりとうないのか!」
「父もろとも、撃て!」
「ここじゃ、わしを撃て」
撃て、撃て、撃て、撃て、撃て ――政宗を演じる若き渡辺謙の苦悶の表情、名演技
(気は確かか・・政宗・・・) ――義継、銃弾の中、輝宗を刺す。

宮森城跡です。
(ここで拉致したのか・・・。突発的か、計画的か。。今は、誰もわからない)

輝宗と義継の最後の地、粟の巣古戦場。
「小規模な合戦ながらも、有名武将が二名同時に死ぬのは稀有な例」と、看板にある。

大河ドラマでは、
伊達領と二本松領との境となる、阿武隈川の河原での出来事でしたが、
今の阿武隈川からは、やや離れている場所が現場です。
もしかしたら、当時はこのあたりまで、川だったのかもしれません。
拉致現場の宮森城からは5~6km程度。拉致して歩くなら2時間は、かかるかな?
その間に、政宗が駆けつけ、追いついた。ということです。
・・・・・
もし自分ならば、
父から「撃て」と言われて、撃てるか?
息子に「撃て」と、言うことができるか?
撃たせることができるか?
子の立場なら、
いったん父を拉致させて、そのあと交渉。
となる可能性が高い。
私は、政宗の立場で、政宗のようにはできない。
でも、
息子に対しては「もろとも撃て」と言えるように。
そうゆう父にはなりたい。と思い、接しています。
そして、息子には、志と大義のために、父を撃てるようになってもらいたい。と。
現代において、ありえない状況。
と思われるかもしれません。が、そうゆう覚悟のもと、存在しています。
2026年8月29日 19:42
輝宗は、若手で能力に長けた家臣をつけたうえで、
政宗を後継者に。と考えている。
しかし、
聡明な(優等生タイプ)の政宗の弟を擁立しようとする旧勢力の家臣団との対立が深まる。
そこで、輝宗は、虎哉和尚に相談にゆく。
「家臣を納得せしめて、内乱を防ぎ、伊達の家名を保つ手だてはないものか」
「和尚の卓見をたまわりたい」
「坊主には、とんとわかりませぬ」
「武家の作法は、経文のどこにも書いておりませぬのでな」
「すると、殿は、あくまでも若をお世継ぎにと?」
「それが筋目でござる」
「日が昇れば、月は消える」
「身を捨ててこそ、浮かぶ瀬もあれ」
「ま、こんなところですかな・笑」

このアドバイスで、
18歳の政宗に家督を譲る。輝宗41歳。
そして、相続から、半年後、
政宗は、東北地方の名門、最大最強の芦名家に戦いを挑む。
壮挙というべきか。
無謀と言うべきか。
・・・・
家督を相続後、
敗戦を重ねる政宗の処遇について。
母が、こう進言する。
「政宗が、まことの大将の器量を備えることができるようになるまで、
家督をお預かりなされては、いかがかと存じます」
輝宗は、こう答える。
「小賢しいことを申すな、それでは、さらに政宗が傷つくだけではないか」
「誰が、何と言おうと、伊達の統領は、政宗じゃ」
「一旦、隠居した者が、のこのこと、しゃしゃり出られるか!」
・・・・
若くから、実権を任せる。
一度、譲って、任せたからには、信じて見守り、従う。もう戻らない。
オーナー企業の後継の基本です。
2026年8月22日 19:54
初陣を前に、
政宗は和尚を訪ねる
「されば、弓矢を交えるにあたって、武士の心得を承りたい」
「さよう。まず、その焦りをなくすことじゃの。焦りなさると人間は負ける」
「若は、敵を憎んでおるか?」
「大将たるもの、誰も憎んではいかん。憎んで出たのでは、
阿修羅の働きがせいぜいじゃ。敵を調伏し、世を救うことはできぬ」
「憎しみは、必ず、わが身に刃を返す」
「まあ、よい、心眼を開いていれば、おいおいわかる」

「それから、もうひとつ」
「人前では、断じて寝姿を見せぬことじゃ」
「いかに眠くなろうと、人前では、決して体を横たえてはならぬ」
「一軍を率いるものとして、それだけは、心がけてもらいたい」
(しかし、人間は眠りなしでは生きてゆけぬ、という政宗に対して)
「座ったまま、眠れ!」
「ただし、女子と一緒なら、寝ても良い」
「女子以外には、寝姿を見せるな、というておる」
「風邪をひいたの、頭が痛いのと、理屈をつけて、
どこへでも寝るのは、益体もない寝ぼけ男よ」
以上。
3つのことを教えています。
まず、
「焦る人間は、負ける」
次に、
「敵を憎むな」
これは、以前のブログにもご紹介しました、マフィアも教えてくれる鉄則です。
(和尚は、さすが、仏門。やや道徳的に言いました「おのれに刃を返す」と)
※私は、断然「マフィア派」である。
憎んではならない理由は「冷静な判断を行うため」である。
何十年かかっても、冷静に、お返しする・笑
https://sousai-keiei.com/nakanishi/blog/2021/01/09/
最後に、「寝姿を見せるな」
トップに立つ者は、
いつ何時も無防備な姿や弱み(病気や疲労)を他人に見せず、
厳格な緊張感と「将」としての威厳を、保ち続けるべきだという心構えです。
これは、政宗の晩年の有名な逸話と連動させています。
重い病に苦しんだ際も、家臣の前では決して横にならず、
柱に背中をもたれさせるか、座ったままの姿勢を貫いた。という話が残っている。
2026年8月15日 19:22
「大人への鉗槌(けんつい)は、厳しゅうございまするぞ」
前回のブログでご紹介した1フレーズです。
鉗槌(けんつい)
鉗(けん)とは、「金ばさみ(やっとこ)」のこと。
熱い金属をしっかりと挟んで固定する道具です。
鎚(つい)とは、「金づち(ハンマー)」のこと。
金属を激しく叩いて形を整える道具です。
2つの道具(金ばさみと金づち)が揃って初めて、
ただの「鉄」を、
役に立つ「刃物や道具」にすることができます。
つまり、
鍛冶屋が、何の変哲もない鉄を、固定し、叩き直して、整えて、
役に立つ存在とする。
これと同じように、
普通の人間を、厳格に鍛え上げることで、
世の人の役に立つもの。に変えることを指しています。
人の役に立たなければ、
資本主義の世の中において、お金は入ってきません。
・・・・・
コンサルタントとして、
数多くの経営者、幹部とお会いしています。
売上アップのための施策を立案し、実行をサポートして、ともに売上を作ります。
私のコンサルティングは、基本、かなり優しいです。
まあまあの「至れり尽くせり」で、すーーっと、売上が作れるようになっています。
「売上が上がってゆく、その過程を知れば、
自分が、どのようにふるまえば良いか、そうゆうことも自然とわかってくるでしょう」
人に対しては、こんなスタンスで、接しています。
ほとんどの人は、それで、気づいて成長してくれます。
人に対する「鉗槌(けんつい)」は、ほとんどありません。
マーケティングの仕組み、ツール、媒体に対する「鉗槌(けんつい)」は、
たくさんあります。
しかし、
マーケティングへの「鉗槌(けんつい)」を「他人事」とかとらえることができず、
いつまで経っても、わからない「人」が、ごく稀にいます。
変わらない。それどころか、売上が上がると、ふるまいが退化してゆく人もいます。
今、AIが、それに拍車をかけています。
そうゆう場合は、
「大人への鉗槌(けんつい)」をふるうこともあります。
必要最低限。ほんの少し。
そうしなければ、クライアントが、生き残ることが難しい、厳しい時代となっているからです。
一方で、今「鉗槌(けんつい)」の在り方も、
変わりつつある世の中です。
前述のブログのシーンでは、
和尚が、
政宗のほっぺをつねるシーンがあるのですが・・・
現在の日本のテレビでは、コンプライアンス&人権意識の向上により、
「子供に痛みや不快感を与えるリスクがある演出」は
最初から企画段階で避ける、あるいは編集でカットされます。
今、あのシーン自体が、TVとして放送できるかどうか・・・そうゆう時代です。
「大人につねられました」と、AIに聞けば
「児童相談所に電話しなさい」と答えが、返ってきて、
その通りにすれば、
警察が来て、逮捕されちゃう。そうゆう時代です。
金ばさみでつかまれ、
ハンマーで打ちつけられる。鉗槌(けんつい)
そんな目にあっても、
人の役に立つ存在となろうとする者。
そうでない者=逃げる者、避ける者。
鉗槌(けんつい)ナシで、
役に立てるようになりたい?
役に立たず、おカネだけ欲しいか?笑
→鉗槌(けんつい)行きじゃ!
2026年8月2日 19:41
最近「歴史ブログ」をご無沙汰しておりました。
まとめて、書き留めておきます。
私が、影響を受けた歴史ドラマのひとつ、NHK大河ドラマ「独眼竜政宗」より。
思い出深いシーン。
教訓として、ずっと生きているシーンを抜粋して。
主に、
・父の子に対する関わり方。
・師を持つこと。そこから受ける薫陶。
・人として生きるため、大切なこと
このようなことを、学びました。
まずは、ご紹介したい有名シーンがこちら。
養育係の喜多さんと、梵天丸(ぼんてんまる、政宗の幼名)が
お寺に参ったとき、不動明王の仏像をみて。
「これは、化け物か?」
「不動明王にございまする」
「仏様が、なぜ、このような恐ろしい顔をしておるのじゃ?」
「さあ、それは・・・」
ここで、師匠となる虎哉(こさい)和尚、横から登場!
「教えて進ぜよ!」
「恐ろしい顔は、悪を懲らしめるためじゃ」
「不動明王は、優しい仏様じゃ。外見とは異なり、慈悲深い」
「とくと、覧じよ」

「喜多・・」
「梵天丸も、かくありたい」
・・・・
梵天丸の学問の師なってもらいたい。と、父の輝宗に請われていましたが、
武将の子息を教えることを、固辞していた虎哉和尚が、
梵天丸のこの言葉を聞いて、引き受けることを決意する。
梵天丸は、片目を失った自らの顔と、
不動明王の見た目と中身を重ね合わせた。
大河ドラマ史上でもナンバーワンの名場面です。
・・・・・
私も「すごい、何か」に、出会うと、
見たり、聞いたり、知ったりすると、
「マサト丸も、かくありたい」
ずっと、そう生きてきました。
だから、直前のブログのようになる・笑
人は、それぞれによって
「かくありたい」の強さ、方向が、異なります。
なぜ、そうなるのか
・・・
みんなの「かくありたい」に、興味があります。
なぜ、それが異なるのか?
このメカニズム、
解明できないものでしょうか。
2026年7月19日 19:45
何を隠そう、
注射が、人一倍、苦手です。
刺さる瞬間も、血も見ていられません。
ずーっと、顔を背けています。
検査用採血に、何本も血を抜くとき、
看護師さんが、作業をするので、微妙に、針が動いたりします。
それさえも、嫌で、嫌で。。。
・・・・
今回受けた病院とは別の人間ドッグでは、
注射刺したあと、検査用に何本か抜く作業が、
自動化マシンによって、行われていました。
これは、最高!! よくぞ、開発してくれた、導入してくれた!
一切、針が動かず、
ウイーーーーーンという音がするだけです。
(この音すら、嫌なんですけど・・)
・・・・
人間ドッグのスタッフさんは、
みなさん、とても親切で、丁寧です。
看護師さんも、案内係さんも、サポートメンバーも。
その中に、一人だけ、
言葉遣いが荒っぽい。動きは早いけど、なんとなくガサツな看護師さんがいました。
「うん、大丈夫やからね!」
「そんで、何時に、ここ来てね~」
「メニュー、ここに置いとくから!」
きっと悪い人じゃないんだろうなー。ということは、
接していて、わかりました。
そして、恐怖の(しかし、避けて通れない)採血の時間・・・・
僕の部屋に、この看護師さんが、登場!!!
(あーーー、ダメや、終わった・・・、よりによって。。。。)
(是非もなし!)
と、思いきや、、
この看護師さんの採血注射、まったく痛くない。
あの何本も抜く作業時も、一切、針が動かない。
自動化マシンのレベルを、完全に超えています。
いわゆる「達人級」でした。

しかし、、
もったいない!
「ハロー効果」:一つの良い特徴が、すべての印象を良く感じさせる。
「ホーン効果」:一つの悪い特徴が、すべての印象を悪くさせる。
マーケティングで良く使われる用語「ハロー(天使の後光)効果」の逆
「ホーン(悪魔の角)効果」一歩手前でした。
実は、明らかなる達人だったから、見直されて、感動したものの、
これが、普通レベルの採血技術だったら、
間違いなく、痛い!ダメ!
という印象を受けたと思います。
葬祭業でも、非常に良くあることです。
ホールのクオリティ、清掃レベル、、
相談スタッフ、霊柩車運転手の言葉遣い、身だしなみ、振る舞いで、
葬儀品質、会社、すべてを判断されます。
2026年6月21日 19:03
人間ドッグ。
心電図の検査にて、
機械が、ピーーコン、ピーーコン
と、鳴り始めました。
一時的に、止まるけど、
また、すぐに、ピーーコン・・・と始まる。
(これ、、、死ぬときの音やん。。。)
↑
ドラマなんかでは、そうである。
「お父さん!おとうさん!!」「ナカニシさーーん!聞こえますかーー」ってなる、あのシーンの定番音。
不安に思っていたのが、伝わったのか、
検査技師さんが、
こう教えてくれました。
「すごく良い心臓をしている証拠ですよ」
「心拍数が50を切ったとき、鳴るようになっています。
50前後の心拍数を行ったり来たり、心臓がゆーっくり、動いているってことです。」
「一回でたくさん血液を送り出せるから、何回も動かなくていいんだよ。
ボク、まだまだ、余裕あるよ。って、言ってるんですねー」
「排気量が大きなエンジンみたいな心臓です」
成人男性の平均心拍数70前後に対して、ボクは56。
褒められたことが、嬉しいし、
心臓を擬人化した表現も、素敵です。
エコー検査では、
「吸ってー、はい、とめてー」を繰り返します。
これは、検査したい場所を、見やすい場所に出してきて固定するために行っているそうです。
途中、ペットボトルのお茶を飲まされました。
(サービスかな??)と思ってたけど、そうではなく、
これによって、胃に影ができて、エコーに映りやすくなるのだそうです。
この病院が初めて発見した方式であり、今、他の病院も真似している。
と、誇らしく話しておられました。
※
息をとめた後、「楽にしてください」と、言われて元の状態に戻るのですが、
検査技師さんは、毎日、何度も、きっと数百回、同じことを言ってるせいか、、、
「はい、らく~ざい」
↑「はい、らくにしてください」が、縮まったフレーズと思われます・笑
ボクは「臓器好き」「臓器マニア」に診てもらいたい。
「臓器愛」にあふれる人に診てもらいたい。
個別の臓器に興味を持って、しっかり診てくれる人である。
・・・・
自分の扱い商品を、目の前にしたら、
その特長を、声に出して、お客様にお伝えすることができる。
その商品の「オリジナル=独自性」に感心することができる。
そうゆうスタッフさんを育てているお店が、選ばれるお店になります。稼げるスタッフになります。
・・・・

肺活量も褒められました。
「スポーツ選手並み。この年齢なら20人に1人以下だね」と。
理由として、思いあたることがあるとすれば・・・
小学生のころ、魚を捕らえるために、海の中に少しでも長くいたい!と、
朝夕、洗面器に顔をつけて、何分、息を止めれるか?って、
夏が来るたび、勝手にチャレンジしていたこと。
また、
心肺機能が、そんなに高いくせに、
「あー、もうしんどいわ~。走るの、やめよ~」ってなるのは、
自分は、人と比べて、相当だらしない、怠け者なんだろうな。。と、想像できます。
2026年6月13日 19:27
男は年代ごとに、
(一般的に)評価されやすい=モテ要素が、変わってゆきます。
~9歳:運動能力(足が速い、スポーツができる)
10代:外見(顔が良い、見た目が良い、人気者)
20代:勤め先等・所属先(に加え、個人の将来性、挑戦、行動力)
30代:仕事の実力(仕事ができる。結果、成績)
40代:経済力(お金がある。年収、資産)
50代:地位(役職がある。影響力がある)
60代:健康(病気がない。若々しい、元気)
70代:家族・仲間(会える人がいる。積み重ねの人間関係)
80代~:人格(最終的に世の中の役に立ったこと。死にざま。名を残す)
もちろん、評価もモテも、気にせずに、
「自分は自分。評価もモテ度も気にせず」生きてゆく男。
それはそれで、個人的には大好きで、友達にもなりたいですが、、
社会の中での相対的な評価は、知っておくほうが良い。
こうして、整理して眺めてみて、
何が、わかるか?
「10年以上前から、努力して、準備をしなければならない」
ということが、最も大事なこと。
「ずーっと、つながっていて、土台を形成する」
ということも、わかった。
「20歳までの20年間と、60歳以降の20年間は、形こそ変われど、本質は似ている」
ということも、わかった。
身体そのもの。見た目。人との関わり。
これらの要素が、
最初の20年は、親からもらったもの。
最後の20年は、自分の努力の結果。で、評価される。

というわけで、
時々、2日間の人間ドッグに行きます。
健康には、ちゃんと気を遣います。
自分を含め、近い人が、元気であることは大事です。
無事に生きてること。そのものが、誰もの最大の財産です。
「お金」は「生命」のために使います。
2026年6月7日 19:00
「〇〇してはいけない」等の、マイナス表現を、
「●●しましょう」等の、プラス表現に、変えること。
これは、
物事の見方・枠組み(フレーム)を変える
「リ・フレーミング」という技術です。
一般的な表現では、「自転車・走行禁止」です。
それを、ここでは「押しチャリ」と表現。

「押しチャリ」いいですね!
かなり高度な「リ・フレーミング」
(喫煙者に対しては、いまだ、厳しく、、ゴリゴリ「禁止」表現ですが)
=たぶん、マーケティングの原理原則までは、勉強していない。
でも、ネーミングセンスやアイデアに、優れた人の手によるものでしょう。
こうゆう人を鍛えたら、数字を作るデザイナーになるけどなあー。
「できちゃった婚」が、「おめでた婚」になり、
「高齢者・老人」は「シニア」。
だから「老人ホーム」は、「シニア・レジデンス」
「従業員」は「キャスト」「クルー」となり、
「お客様」は「ゲスト」。。。等々。
マイナス言葉を、プラス言葉に、
置き換えると、売上が上がります。
2026年5月30日 19:03
今回は、扱われる「馬側」からも
「馬・優先主義」を見ておきたいと思います。
過去2回のブログは、
乗る側、管理する側からの視点のブログでした。
結論、
「自分を優先される主義」に甘えるな。
それに甘えると、
勝ち組(=もともと才能ある者)が、勝ち組で終わる。
もともと才能なき者は、ずっと、負けたままで終わる。
根拠、
以下の通り。
1980年代から1990年代の競馬界では、
デビュー前、安い価格で取引された馬も、成功することができていました。
オグリキャップ、タマモクロス、バンブーメモリー、スーパークリーク、
イナリワン、ナイスネイチャ、テイエムオペラオー、マヤノトップガン、サクラバクシンオー・・・
彼らはいずれも1000万円前後以下と推定される取引価格。
セリで売れ残って破格安値だったり、価格さえもつかず引き取られた馬たち。
でも、18億円~5億円を稼ぎ出し「名馬」としての名が残る。
一方、2000年代から2010年代、
安く買われたにも関わらず、活躍した馬で名前が思い浮かぶのは、
キタサンブラック、モーリス、メイショウドトウ。。くらい。
キタサンは、500万円以下が、18億円。圧倒的な資本効率を誇ります。
しかし、近年、安値から出世した「名馬」の数自体は、減っています。
これが、昔の「スパルタ」調教=鍛えて強くする。と、
今の「馬なり」調教=能力を引き出して強くする。の違いか?
その相関関係は不明です。
しかし、事実は、上記の通りです。
同時に、近年は
超高額で買ったのに、まったく活躍しない馬も、増えました。
安値馬の活躍度、投資対効果の比較。
今昔について、
大きく明確な理由=相関関係ある真実は、他にあります。
「血統と育成」の進化。それに伴う巨大化・画一化です。
・血統が良血(サンデーサイレンスからディープインパクト)に集中。
・生産から育成する牧場の企業化(社台&ノーザングループ等)
走る血統の馬が、設備の優れた牧場で英才教育を受けたのち、
調教師が運営する厩舎に預けられて、デビューする。
安い馬=つまり「走らない親」から「個人牧場」で、生まれた馬は、
その数自体も減り、逆転も起きにくい状況となっています。
このような背景に「馬・優先主義」は、抜群にマッチしました。
・・・・
馬は「どこに生まれたか」によって、
(今や、ほぼ全馬にサンデーサイレンスの血が流れています)
一生が、決まってしまう時代になったのです。
人間にも、今、「親ガチャ」という言葉があります。
似ているかもしれません。
優秀な両親(血統)のもとに生まれ、
良い家・食事・習慣・教育・友人に恵まれて育った人と、
そうでない人。普通の人。
「自分が優先される主義」は
「生まれ」が良い者に、大きな追い風になる。
「生まれ」が悪い者から、逆転のチャンスを奪う。
馬も人も同じ。
でも、人間には、この仕組みに、早く気づき、
「自分が優先される環境」に、甘んじることなく、
自主的に厳しく、外部からも猛特訓を受けることで、能力を高めて、
逆転を狙うチャンスがあります。
今回、言いたかったのは、そうゆうことです。

先日、初の女性G1騎手となった、今村聖奈騎手。
失敗もあったけど、こうして地方競馬場で力をつけ、晴れ舞台オークスでの勝利。
おめでとうございます。
(ちゃんと、成功を先読みして、写真を撮る・笑)
G1騎乗馬は「ジュウリョクピエロ」
近年、本当に珍しい、小さくても頑張っている個人牧場生まれて、
かつ、個人の馬主さんの所有馬。
購入価格は公開されていませんが・・・
おそらくそれほどの高値ではないはずの馬の勝利でした。
2026年5月23日 19:05
現在は、動物愛護の潮流もありつつ、
根拠を持って、ムチの使用回数に制限もかかってきました。
「馬の能力を最大限に引き出すためには、
叩き続けることではなく、
馬自身のリズムや気持ちを整えることが重要だ」
という考え方、アプローチが正解、主流となってきています。
近年の会社での人財育成にも、非常によく似ています。
※「ヒトは生物である」これは大原則です。
昔の職場では、「厳しく叱る」「詰める」「気合でやらせる」という育成が多かった。
短期的には成果が出る場合もあります。
しかし、中長期的には人が萎縮し、自主性も消える。
現在、これをしていると、離職にもつながる。
前述の通り、一流騎手ほど、
30年以上の昔から、むやみに鞭を使わないものでした。
普段から馬との信頼関係を築き、
折り合いをつけ、最後に少し合図を出すためにムチを見せる(見せムチ)だけで、
馬が自ら、伸びる状態を作っています。
会社も同じ。
優れた経営者やリーダーほど「怒鳴る回数」が少ない。
「怒られた」と感じさせない。
日頃から、ベースとなる信頼関係を築き、方向性を共有し、
働きやすい環境を整えている。社員が自ら動く。
もちろん、勝負所=要所での厳しさは必要です。
競馬でも、ムチそのものが禁止されたわけではない。
問題なのは、「いつもいつも、鞭に頼ること」なのです。
人が育たない会社の共通点。
それは、「普段の仕組み」ではなく、
「その場の叱責」で、動かそうとすること。
しかし、それでは根本的な会社の力が、上がってゆかない。
競馬も企業経営も、
今、本当に大切なのは「その場の追い込み」ではない。
日々の訓練・調教、信頼関係、環境・仕組みづくりにあります。
馬が、走ること・レース場を好きでいられるように。
ヒトが、仕事すること・職場に来ることを好きでいられるように。
真の勝負のとき、
少し背中を押せば、自ら走り出す状態を作れるかどうか。
そこに、
一流の騎手と、一流の経営者・幹部の共通点がある。
※
今、風車ムチは、ダメですよーー。
あのときは・・と、思い出話で済ませるように。
2026年5月10日 19:02
働き方には、4つのステージがあります。
相手を優先するか、自分を優先するか。<存在論>
現実や事実を優先するか、気持ちや感情を優先するか。<認識論>
この2つの軸により、4つのステージが出来上がります。※例はクリーニング店の場合です

まずは、
1:カオス(混沌)から始まる。
カオスを抜け出すためには、徹底的に「自分が誰かにとって、便利な存在」となる必要がある。
次に、2:部分最適のステージに行きます。
部分最適を抜け出すためには、「ある優良顧客に完全に密着し、学び、認められるようになる」ことが必要となります。
そして、3:全体最適のステージへ。
ここでは「自分そのものが、誰にも負けない商品=得意分野を極めること」が必要となります。顧客密着から「自分のこの技を欲しい!」と言ってくる状態=「この指とまれ」と言えば、来てくれるよう「一番を作る」作業です。買ってくれる相手の購入単位である「単品」で一番になる。
最後は、4:全員最適のステージへ。
「得意分野」が1個だけでなく、2個、3個、、とできてきて、それらを集約・統合して、
どんなことにでも、対応できるようになることです。
さて、
ここからが、私の真骨頂です。
「全員最適」を終えたら、また「カオス」へ戻れ。
表を見れば、4から1へ、矢印がある。
何気ない「←」ですが、実は、これこそが、真髄です。
すべての仕事ができるようになったら
「もう一周して来いよ!」ということです。
たとえば、
大手流通業のグループ場合。。。
1=百貨店グループが経営している、コンビニやスーパーです。
2=百貨店の外商です。
3=百貨店のある一商品、一部門のバイヤーであり、部門責任者です。
4=百貨店のどの部門に行っても、成績を残すマネージャーです。複数部門を管理できます。「百貨」を一番にできる「百貨店」そのものです
そのあと、もう一度、
1(スーパー、コンビニ)に戻る。あるいは、別の業界(たとえば不動産部門や新規事業)に行く。
競馬の世界なら、
1=馬と一緒に過ごしたい。と厩務員になり
2=素晴らしい馬(あるいは、騎手・調教師)に密着し学び、世界が広がる。
3=自分の技術を、買ってもらえるまで高める。このあたりで調教師となる。
4=どんな馬・人も勝たせることができるようになる。
4から1へ。
このことをできてこそ。
これからの資本主義を勝ち残る経営。
4までやって、また1234。またもう一度1234・・・繰り返し。
もっと最終的に大きな4に。
強い会社、大企業は、こうしています。
中小企業に足りないのは、こうゆう認識とサイクルです。
4まで行った人が、数週間だけ1になる。
1日だけでも1になる。
そんなところからでもかまいません。
国枝調教師が、厩務員へ。
このニュースを聞いて、感じたことでした。
2026年5月3日 19:48
もうひとつ、大相撲より。
「寄り切り」という、決まり手の極意について。
「押し出し」「上手投げ」「つり出し」「うっちゃり」・・・
数ある大相撲の決まり手のなかで、ダントツの1位が「寄り切り」
「寄り切り」で、勝った通算勝利数を見れば、
1位、貴乃花。2位、北の湖。3位、千代の富士。。名横綱の名が並びます。
まさに「王道」の技。
この技の極意は、
下半身を、強く。
上半身は、だらっと、脱力。
上半身は、
相手にあわせて「遊び」を残す。
それが一番、相手の力が出なくなる。
相手の力を受け流す。
上に、力を入れると、相手が押し返しやすい。引かれやすい。
「上は力まない。力むと、相手の力をもろに受ける」
「預ける感じ」「乗せる感じ」と、元・稀勢の里=二所ノ関親方の解説。
腕も、相手を振り回す「主動力」でなく、
あくまで「支点=操作点、ハンドルのようなイメージ」である。
一方、下半身は、
重心を落とす。足裏全体で土俵をとらえる。
動かない土台を作り。脚と腰で、前に出るイメージ。
押すのではなく、相手を「運ぶ」という作業。
「腕で押そうとしない。腰を落として、前に出る」
「下半身で、前に出続けることが、寄り切り」
まとめると、
上半身:柔らかい → 崩されない・対応できる
下半身:強い → どっしり前に出続けられる
「安定しながら、圧をかけ続ける」状態が、王道の技の極意。
経営やマーケティングに当てはめてみる。
上半身=戦術・現場対応・販促 = だらっと柔軟に。
下半身=理念・システム・品質・財務= どっしり固定。
2026年5月2日 19:39
野球の次は、
大相撲。
現役、最多の金星を誇る、玉鷲関。
なぜ、金星(=横綱に勝つこと)を獲れるか?
その秘訣を語っていました。
横綱は「型」が決まっているから、逆に、やりやすい。
作戦を立てやすい。
守りに入らず、負けてもともと。思い切ってゆける。

強い相手ほど、戦略が立てやすい。
中途半端が負ける。
ベースを大事にしながら、
そのうえに
いつも「遊び心」や「余裕」があること。
マーケティングも、
経営も、まったく、これに同じ。