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分度器の法則 ~深夜1時まで美味しくお召し上がりいただけます

今週は、とっても良く頑張ったから・・・
恒例の「自分へのご褒美」を・・笑
仕事帰り、新幹線車内で食べるためのお弁当を購入しました。
本日は、老舗すき焼き店のお弁当に、決定!

この店舗のスタッフさん、お会計後、
「本日深夜1時まで、美味しくお召し上がりいただけます」
と、賞味期限を伝えていました。全員のお客様に。

一般的なお弁当屋さんでは、
「賞味期限は、本日深夜1時までとなっております」です。

さすが・・・老舗店でも、あぐらをかいていない。。

たった一言、添える言葉をアレンジするだけで、
お弁当の「価値」も、会社の「価値」も、グーーン!と上げることができる。

言葉は、コスト0円で、実行可能な最強の販促です。

今は少しの差かもしれないけど、
数年かけると、大きな差になります。

これを「分度器の法則」と名付けています。
起点部分では、小さな角度の違いでも、
横軸にスライドすればするほど、縦軸の幅が広がってゆきます。

 
「ご褒美」を買ったつもりが、
もっと大きな「ご褒美」をもらいました。

さて、
葬祭会社では、どう実行しましょうか?
即、実行できそうですね。
すべての言葉を「プラス言葉」で。



論理は、最高の倫理である

「倫理」とは、人としての行い。道徳。
「論理」とは、思考・論証の組み立て、法則に基づく筋道。

「倫理」を振りかざし、他人に強要する人を、私は、あまり信用しない。
「親(目上)に向かって・・」とか、
「常識として・・」とか、言ってくる人だ。

年長者であることが、正しいとは限らない。
自分の常識も、他人にとっては、非常識かもしれない。

目上であろうが、ちびっ子であろうが、
大企業のエライさんであろうが、ヤンキーであろうが、
どんな相手に対しても、
目的を明確に、論理的な筋道を説明する人を、信用する。

「論理」で説明する力こそ、最高の「倫理」である。

なぜ?
どうゆう理屈で、そうなるのか?
他の事象でも、当てはまる汎用的なことか?
筋道や、法則的な関連が妥当で、納得できるか?
こうゆう話ができる人と関わると、とても清々しい気持ちで、前に進むことができる。

逆に・・・
初対面の相手に対して、
以前、ちょこっとだけ関わった「ビッグネーム」な取引相手の名前を、持ち出す人。
「ボクは、○○と取引していたんだ」

土下座する人。させる人。

倫理とか人間性を、他人に要求する人。。等々。

これらは、
自分にとっての「要注意人物」センサーです・笑



情報戦 

第二次世界大戦中、連合国・イギリスは、
ナチス・ドイツの無敵の暗号機「エニグマ」を、
解読することに成功した。

イギリス政府は、多大な人的、金銭的な労力・費用をかけて、
「エニグマ」を解読するマシンを作り出した。
暗号を解読できたことは、トップシークレットとして、一切、外部に漏らさなかった。

たとえ、
自国が攻撃されることが、判明していても、
「暗号解読の成功」を、ドイツにさとられるのを防ぐため、
わざと知らぬふりをして、ドイツに攻撃させた。
自国に死者、損害が出ても、攻撃させた。
いざという局面での「切り札」として、温存しておくために。

第二次世界大戦での戦勝後、
イギリスは、インドやアフリカ、中南米の植民地国に、
ドイツが使っていた「エニグマ」を、解読不能な最強の暗号機として、与える。

裏で、
与えた国のすべての暗号を解読した。これらの国の機密は筒抜けになっていた。
不穏な動きを抑え込むためにも、外交にも、活用できた。

日本がアメリカに負けたのも、
暗号を解読され、動きを読まれていたからだ。
今川義元が、桶狭間で織田信長に討たれたのも、情報戦で負けたからだ。

正確な情報の素早い入手、効果的な使用は、
今も昔も、国も企業も、西洋でも東洋でも、
勝つための必須条件だ。



今からでも遅くない!理系脳を鍛えるぞ。

幼少期から、これを読ませておくと、
子供が、とんでもない天才に育つ・・・。
大先輩に教えてもらった科学雑誌「ニュートン」

カフェで、まとめ読み。。

今からでも、遅くないかも~~!
きっと、何かが起こるはず。なんて
自らも、読んでいます。。笑

ニュートンの中身は、
ほぼ理解不能だけど、
少しだけ、理解できる部分もある。

頑張って読んでいると、
来年に向けて、
やってみたい企画・アイデアのヒントが、いくつか出てきました!



できない人にも、感謝の言葉。秘密の勉強ノートより

ヒトに関するブログが、続く。

ぎっしり文字が埋められた、このノート。
クライアント先の社長が、書かれたものです。

何が、書いてあるのか??

スタッフ一人一人の「良いところ」と「感謝の言葉」が、
書かれている。

「いつも、○○してくれている。ありがとう。」
「○○のとき、こうしてピンチを救ってくれた。感謝しています」・・・等々。
一人につき、最低でも15項目くらい記載がある。

なぜ、こんなのを書いたのですか??と聞いたところ。

見ていないと、サボる。
居所不明だらけ。会社を出たら、戻ってくるまで異常な時間がかかる。
仕事の優先順位が、自分本位。
注意をすると、反抗してくる。
改善が見られない。。という、どうしようもない=「始末」に負えない。
スタッフが、いる。入社1年と少しくらい。

本人に対して、
何を、どうアプローチしても、直らないので、
それなら、自分が変わるしかない!と、
「良いところ」を、ノートに書き始めたのだそうです。

誰に見せるわけでもない、
自分の感じたことを書き留めている、社長の秘密の勉強ノート。

打ち合わせの流れの中で、
偶然、日の目を見ることになりました。

「縁があって当社に勤務してくれたからには、少しでも、良くなって欲しい」
「指摘だけで、変わらないなら、別の方法を考えなければ」

社長の人目につかないところでの、凄まじい努力。。
「ここまで、やるか・・・」という次元です。
頭が下がります。

当の本人は、そんなことも、つゆ知らず、
今日も、適当な仕事をしている・・・。

何とか、社長の思いに応えて、戦力にするためのお力になりたい!

せめてもの救いは、
この打ち合わせに、後継者さんが同席していたこと。
社長の仕事に対する真摯さ。
人に対する基本姿勢。こうゆうところは、伝わった。伝承された。
最高の「先代から後継者へのレッスン」の時間となりました。
社長と後継者さんの、良き「媒介」となれたかな?



できる人と、できない人に、能力の違いはない。

できない人は、言葉で説得し
できる人は、行動で説得する

できない人は、話したがり
できる人は、聞きたがる

できない人は、お金を求め
できる人は、成長を求める

できない人は、過去にこだわり
できる人は、未来にこだわる

できない人は、不可能と思い
できる人は、可能と思う

できない人は、他人のせいにして
できる人は、自分のせいにする

できる人もできない人も
能力にほとんど差はない。

ほんの少しの意識の違いによって
結果に差が生まれる。

 
上記の文章は、
ご支援先の社長が、私や幹部さんに向けて、
半月ごとに売上の速報値とともに、
感じたことをメッセージとして、定期配信しているメールからの引用。

まったく、同感。
そして、非常に良くまとまっている。

今の自分は、
できる人、できない人。どっちだろう?


できない人に限って・・・
「私は、できている」と判断する。
話にすらならないんだよな~・笑

できない人は、私はできると自認し、
できる人は、私にはできていない点もあると自認する。

この一文を、つけ加えても良いのかも!!



始末する人

始末(しまつ)には、色んな意味がある。

1)「始末をつける」物事の終わり、片付ける。処理。
 悪者が「始末してしまえ!」って、使ったり、
 「始末に負えん」「始末が悪い」とも使う。

2)「始末を見守ろう」初めから最後までの顛末。事の成り行き。

3)「挙句に、この始末かよ」良くない結果。

大阪では、こうも使われる。
全国的には、一般的ではないかもしれません。
4)「始末する人」倹約する人。無駄遣いせず、生き金を使う人。

 
当社のスタッフは、私が何も言わなくても、
社内用のメモ用紙を、雑紙をリサイクルして、こう使ってくれている。

この一事は、万事を示す。
全てにおいて「費用対効果」を考え、動いてくれる。
とてもありがたい。
だから、会社に利益が残る。還元もできる。
社会の情勢がどうなっても、
安定的に、お給料を払い続けることができる会社を作ってゆける。

自分が一人前以上の仕事ができていないうちから、
ラクして稼ぐこと、
権利の主張が多い人は、
うちの社風にあわないから、入社しないほうが良い。



実るほど、頭を垂れる、稲穂かな

この言葉を知っている人が、
案外、少ない。という事実に、最近、気づいた。

実るほど、頭を垂れる、稲穂かな
「みのるほど こうべをたれる いなほかな」

稲が成長し、熟して、実(お米)が入ると、重みで穂先が垂れ下がるように、
人も、熟練するほど謙虚になり、腰が低くなるような人間でありたいものだね。そうゆう意味かな?

つまらない人間は、熟練し知識を深めれば、尊大に振る舞うようになってくる。
大人物こそ、誰に対しても、低姿勢で丁寧である。

 
某・クライアントのスタッフさん。
入社から数カ月は、一生懸命、仕事を覚えていた。
だんだん、自分の技術が上がり、周囲から頼りにされるようになってくると、
それに比例して、同僚スタッフや、会社に対する態度が、高圧的になってきた。。

そこは、直してもらわないと、会社の業績にも影響する、と感じたので、
「この言葉、知っていますか?」と、聞いてみた。
「聞いたような言葉ではあるけど、意味は知らない」とのことでした。

私は「笑う門には、福来る」とか「ちりも積れば、山となる」と同じくらい
メジャーなもので、誰でも知っているもの、と思っていました。

この言葉を知らなくても、
「実るほど、頭を垂れる」人は、存在します。
でも、知らないままだと、
「実るほど、頭が上がる=尊大になる」人が、多くなる。

私だって、
この言葉を知り、かくありたい・・・、確かにその通りだな・・・、と感じなければ、
実力もないのに、もっとエラそうに振舞う人間だったかもしれない。
知識を得たことが、戒めの言葉となり、反省のきっかけを与えてくれる。

以降、興味が沸き、色んな人に聞いてみた結果、
3分の1の人は、言葉も意味も、知っている。
3分の1の人は、言葉は聞いたことがあるけど、意味は知らない。
3分の1の人は、言葉も意味も、知らない。
このくらいの認知率でした。

ご支援先のスタッフさんが「稲穂」のような人になりますように。。。

出張中、偶然、見つけた路地裏の美味しい良心価格の定食屋さん

お店の名前が「稲穂」でした。



一番商品と「中小零細・経営者魂」

住宅街のなかにある
中華料理屋さん。

四川麻婆豆腐が、一番商品。
で、これが食べたい!と、平日でも行列ができる。

一番商品とは、
他店を圧倒するシェアを持つ単品。
これを持つことが、商店の活性化の近道です。

「この店に来れば、コレを注文しなければ!」という商品。
まずは、インストアシェア(自社内での売上構成比)26%以上の商品を作る。

 
定休日の日曜日。。
静まり返った住宅街の店の前で、スキンヘッドのマスターが、
マイカーであろう白のベンツを洗車している姿を、良く見かける。

「あの麻婆豆腐で、買ったんだろうなー」
「クルマ、好きなんだろうなー」

よく目が合う。
ニヤッと笑って、
軽く会釈をして、通り過ぎる。

魂の一番商品を、毎日、腕を振るって作り、
その分、自分の好きな事も、しっかりやる。

中小零細・魂を見ると、嬉しくなる。



ヒーローとの出会い。それも自分次第だ。

少年期の友達の話を、あとひとつ。
小学生のとき「スーパーヒーロー」がいた。

成績は、オール5。
イケメンで、背が高い。
運動神経バツグン。小学6年間+中学3年間。いつもマラソンで兵庫県1位。
友達も多くて、好かれている。

1~4年生のときは、別クラスだったから、遠目で見ているだけ。
5~6年生で、同じクラスになって、
友達になれた。

劣等生だった自分は、
少しでも、彼みたいになりたい。
(彼の友達に、ふさわしい人間でいたい)と
5年生以降、運動も、勉強も、頑張った。

どこかのスイッチが入った。
(だから、今でも、スイッチが入らない人の気持ちが、良く理解できる)

もちろん、彼には、全然、かなうわけがなかったけど。

せめて、
同じ塾に行き、同じクラスで勉強した。
持っている筆箱も、同じような筆箱にした。
彼の頬っぺたの下が、
やわらかくてビニョーーンと伸びるから、それすらも、マネしたい。と、
自分の頬っぺたの下を、つまんでいたら、
なんと、、伸びるようになった!笑

高校・中学の友達が集まった草野球大会で、
憧れの彼とも再会。
陸上部なのに、野球も驚くほど、上手!
今、地元チームの監督もしている。
やっぱり、ヒーローだ。(笑)

確認したいことがあった。
ほっぺの下が、伸びるか、どうか?
やっぱり、今でも、
頬っぺたの下は、伸びていた。

偶然なのか、必然なのか、
小学校の高学年で、スーパーヒーローの彼と普通の会話ができたこと。
そして「少しでも近づきたい」と思ったこと。
今の自分がある大きな要因だ。

ちなみに、中学生でバスケ部に入ったのは、
体育のバスケの授業で、彼が「上手いなあ」と言ってくれたのが、
自信になったからだ。

いつ、何処へ行き、誰と出会い、
何を感じて、どう動くか?

これも、自分次第。



中学バスケ部・後日談

「お前に、ずっと、謝ろうと思ってたことがあるねん」

30年ぶりの中学校の同窓会で。
このヤンチャ系・バスケが上手な(ヨコやん)と再会。
開口一番、声をかけられた。

中学時代、ある日の試合での出来事。

中西君は、レギュラーの末席として、試合に出ていたが、
試合中、足首を痛め、ベンチに引き下がった。

ジャンプして着地した場所が、相手チーム選手の靴の上。
足首をグネッっと、やってしまったのだ。

すると、
このヨコやん、試合をしながら、
ベンチの顧問と中西少年に、
「試合に出ろ!!」
「アイツ(代わりのメンバー)じゃ、勝てないから」と。

顧問も、顧問で・・・
「中西、ああゆうとるぞ、行けるか?」と聞いてきた。
「行けるか?」と言われれば、
「わかりました。行きます!」としか、言いようがないだろ!

レギュラーとなり、殴られることを受け入れ、
目的達成のための仲間との信頼を感じ、
「ヘタレ」から、少しだけ強くなっていたかもしれない中西少年。
足は、めちゃめちゃ痛かったけど、
意気に感じ、チームのために・・と、そこから最後までフル出場。

翌日、あまりにも痛く、腫れあがっていたから、
病院に行ったら「折れていますね」。

骨折していたのだ。

彼は、そのことを気にしていてくれていたみたいで、
30年ぶりの再会で、声をかけてくれた。

 
いやいや、
市内でも1、2を争うプレイヤーだったヨコやんに、
足が不自由でも、お前が必要。と言われたことを、
誇りに思っている。嬉しかったで。
ということは、伝えた。

まだ、
「レギュラーになれ。一緒に殴られよう」
と言ってくれたことに、お礼が言えてない。
次、会った時には、必ず、伝えよう。

・・・
実はこのとき、骨折の原因となった「相手チームの着地シューズ」の選手こそ、
後の北陸高校・出口選手。(知る人ぞ、知る選手・・・)
中学生で、2m近くの身長。

靴の大きさも、見た事ないサイズだったから、そりゃ、乗っかる。

当時は、ただデカイだけの大らかな選手という印象だったけど、
中学卒業後、北陸高校に進学し、たった1年弱で見違えるほどの動きをする選手となった。
そして、インターハイ・決勝での奇跡の大逆転優勝の立役者に。
最強・能代工業時代に、風穴を開け、
「勝利を運んだ1年生」と話題だった。

これも、ちょっとした誇りと、思い出だ。



殴る、殴られる。思い出話

中学時代の部活動は、バスケ部。
顧問の先生から、
試合で殴られるのは、日常だった。

バスケも、チームも好きだけど、
殴られるのは、嫌だった。怖かった。

小賢しいヘタレだった中西少年は、
中学1年生のとき、
チームの先輩方を見た。
「どんな人が殴られているのか?」「どんな人は殴られていないのか?」

そして、ルールを導き出した。
答えは、
「最上級生のレギュラー選手は、漏れなく殴られる」だった。笑

試合に出ているバスケが上手な先輩は、全員が殴られ、
控え選手は、殴られていなかった。

一番、良いのは、
試合の途中から出てくる「準レギュラー」の先輩だな・・・と判断した。
顧問の先生に殴られたのを、見たことがない。
でも、試合には出れる。

何らかの理由で、レギュラー選手が退いた後、
試合の途中から出てくるのが「準レギュラー」選手。
あまり期待されていない分、活躍すると、喜ばれる。
かっこよさが目立つ。

殴られるのは、嫌。
完全な補欠メンバーとなって、
試合に出れないのも、嫌だから、
中西少年は、この「準レギュラー」を目指そう!とした。

あまりにも、真面目に練習すると、
レギュラーになってしまうから(なんて横暴な自信だ・・・)
時々サボらなければならない。と、サボっていた。
手も抜いた。
見つかると、怒られるけど、殴られはしなかった。
殴られるのは、大体「試合の日」と決まっていた。
心は痛むけど、殴られて痛いよりもマシ。それで良かった。

 
3年生の先輩が引退した後のある日、
同級生のレギュラーのメンバー達に、倉庫に呼び出され、
「レギュラーになれ」と言われる。

「アイツ(=同じポジションの別の同級生)じゃダメだから、
お前がレギュラーになれ」と。

レギュラーになりたくない理由は、
みんな知ってたけど、
「俺らも、殴られるやん、一緒に殴られようや!」と。

部活のメンバーは、
ちょっとヤンチャ系のメンバーを中心に構成されていたから、
断ると、ちょっと面倒だな・・・笑
いう打算と、
彼らが、認めてくれている嬉しさもあり、
「わかった、やる」「今から、頑張る」と、了承した。

 
中学も、高校も、バスケの背番号は、7番。
新幹線の自由席7番の席が空いていると、座る。

あのとき、レギュラーメンバーの同級生が、
「殴られることに付き合え。レギュラーになれ」と、
誘ってくれていなかったら・・・

今の自分は、あったかな?
たぶん、ない。
「小賢しいヘタレ」弱虫道まっしぐらだ。・・・今でも時々、顔をのぞかせる・笑

・・・
案の定、レギュラーになると、殴られた。
チームの中では5人中3~4番目くらいかなー。
1番殴られたのは、キャプテンのカーくん。みんなから好かれていた。
2番は、とても上手な中心メンバー・ヤンチャ系のヨコやん。
5番は、いつもひたむきなプレイをするイッちゃん。

殴られ方には、パターンがあった。
基本は、顔面、平手打ち。
避けたり、後退したりすると、何発も食らう。
ベンチから体育館の真ん中くらいまで、
顧問の先生は前進し、生徒は後退し、バシバシ食らい続けることもある。

そうならないための「殴られ方」のコツも、見つけた。
手が頬に当たる直前、首を緩くして、顔だけ平手打ち進行方向に流す。
しかし、体自体は、やや前方向に。先生との間合いは詰めたまま。
怖いけど、少し間合いを詰めると、
先生も耳に当てるのはマズイと思うから、連発は避けれる。。

今となっては、良い思い出。
先生にも、友達にも、とても、感謝している。

だから、
自分は「殴らない」と決めている。



自分の「受け止め方」 ただそれだけが人生を決める。

全ては、自分の受け止め方。「自分」があるだけ。

教師が育てるのではない。
自分で育つのだ。

監督が育てたのではない。
自分で育ったのだ。

上司が育てたのではない。
自分で育つのだ。

生徒も、
選手も、
配下のメンバーも、
一律に成長するわけでなない。
その環境を与えるのは、教師、監督、上司である。
そこで、「何を得るか?」は自分次第。だから、それぞれの成長を見せる。一律ではない。

たとえば、、、
教師に殴られた経験。
「あのときは・・・」と、流す人。
「俺も、殴られたから、お前のことも殴る」と、自分の経験を、他にも適用する人。
「許さない・・・」と、こだわる人。
「殴られた。だから俺は、殴らない」と、自分の経験から、別の方法を模索する人。

全ては、
自分の「受け止め方」がある。それが、決めるのだ。

屋外が気持ちいいカフェ。
G20前、警官ウロウロ。厳戒態勢の大阪で朝食を。



消費税10%対策

中小企業の現場で、コンサルティングしていると
「消費税を10%に上げるなんて、本当にしていいの?」
「“経営力のない中小・零細は、死ね”と言ってるに等しいよ?」
「対策、間に合うの?準備不足では?」
「上げる前にやることが、山ほどある」と、痛切に感じる。

私は、消費税を上げるなら、上げるで、かまわない。
クライアントが生き残るための、対策を完璧に準備する。
ただ、それだけで、
現に、今、進行中である。

一番困るのは、「また延期する」となって、
立てた対策が、無駄になってしまうこと。
現場としては「ハッキリさせてほしい」のである。

今回、(に限らず、いつものことだが)
消費税を上げるかどうか、の意思決定は、国の将来のためではない。
この夏の選挙で議席を獲ることが、第一の目的。

結局のところ、彼らは、
消費税を上げても、延期しても、どっちでも良いのである。
選挙に負けなければ、それでいい。
そのあと、なんでもできる。

「予定通り、消費税を上げます!」と言ったほうが、
「真剣に将来を考えている。有言実行で、信頼できる」と、票が集まるのか?

「消費税を延期します!」と言ったほうが、
「そうだ!フトコロが痛む、消費税は払いなくない」と、票が集まるのか?

その空気を、今、必死に読んでいる。作ろうとしている。

確か、前回の延期のときには、
アメリカから偉い学者を連れてきて、
「彼が、そう言ってるから・・・」と、延期の口実を作った。
日本人に効く、わかりやすい手口だった。笑

さて、今回は、「世論」をどう読んで、どう打ち出すのか?
そのことについて、トランプからの指示は、どうだったのか?
その後の動きを見ていると、どうも、指示は「予定通りでもOK」だったっぽい。

中小企業の社長が、
自分の会社のことを気に掛けるのと同じ感覚で
この国の「経営」を考えている人が、中枢に増えて欲しい。
自分の保身のことばっかり考えて、
果たすべき仕事をしない人間を、減らして欲しい。

・・・・
なーんて、書いていたら、自民党がマニフェストを発表しました。
「消費税10%は、予定通り」と明記。
オッケー!!
これで、クライアント先で、対応策を実行できる!

さて・・・野党は、どう出るか?
私なら、上記の視点により
「消費税は上げない!(下げます、もアリ)」
を主軸に、展開&準備して、戦うだろうなあ。



国が成長するときの、2つの条件。新兵器と将軍

国内外を問わず、
国の興亡を見ていると、気づくことがある。

1)画期的な新兵器
2)優秀な将軍

この2つが揃えば、
一気に、国は隆盛する。

最低でも、1つは、必要だ。



知恵者は、生来の臆病者であった。成功者の条件

成功者は、不安傾向要素が大きい。
「このままで、良いのだろうか」
「しっかり準備しないと、ダメになる」
不安だから、
自分以外から学び、行動し、
結果、成功する。

 
「知恵者は、生来、臆病であった」
何かの時代小説で、
徳川家康のことを指した一文。
・・・だった気がする。記憶が曖昧。。

自分の子供が、
恥ずかしがり屋だったり、
人見知りをすることを、心配している親御さんには、
このことを伝えている。
「きっと、賢い子に育ちますね!」と。

誰にでも愛想が良い、
とか、積極的で、気後れしない、という子供は、
「バカ」の素養の可能性が高いから、
注意したほうがいい。笑

大人も、子供も、
この原則は、当てはまると思います。



五感のマーケティング


ご支援先と、ご一緒させていただいた
うどん屋さんにて・・

このえび天を、汁につけると、
「パチパチパチーー、じゅわー」って、なるんです!

「シズル感」というヤツです。

聴覚にも、訴えかけるマーケティングです。



生死を分けるもの


北浜の事務所より・・・
中之島公園のバラが、見ごろ。
今が、一番、素敵な季節です。

しかし、5~6月は、
葬儀社にとって、施行件数が、落ち込みがちな月。
死亡件数自体が、落ちる月です。

ちなみに、9月~10月も、同じくらい、落ちる。

気候が良い季節は、ヒトは、死ににくい。
という説が主流だ。
もちろん、死亡件数が多いのは、12月~2月の冬場で、
ヒトは寒さに弱いことが、わかる。

もう一つの説がある。
私は、それを信じている。
農耕民族である日本人は、
コメの仕事が忙しいとき=自らの役割があるとき、には、死ににくい。
つまり、田植えの時期と、収穫の時期には、必要とされているので、死なない。

仕事関係でも、
クライアント先でも、知っている人の「死」に接することがある。
故人様の仕事ぶりを振り返り、
「役割を終えた」というとき、人は死んでゆくんだ。。と、毎回、実感する。

この世に、役割があるとき、
人は、それを果たすために、生きる。四苦八苦して。

役割を終えたとき
「おつかれさまー、良くやったね!ここまででオーケー。
あとは、残した者がやれるようになった。こっちに来る資格ができた」と、
天に召されてゆく。「上がり」だ。

これは、私の死生観のひとつ。

  
5月~6月。
全体の死亡件数が落ち込んだとしても、
施行シェアだけは、絶対に、落とさない!
そうゆうご支援をしてゆきたい。



校長室で。。


ぬひひ・・・
少年よ。
ナイス、着眼点だ!!

さあ、何してるんやろね~。笑
想像してみよう!!
10個くらい、出してみようぜ!

  
ちなみに、ボクが入社した、
船井総研という会社の「社長室」ではね・・・

ある日、社長室の前を通ると、ドアの向こうから、
ニョキニョキニョキ~って、長い釣り竿が、出てきた。
釣り竿の根元には、もちろん社長がいて、
コンピューター室のスタッフと熱心に話していた。笑
「魚拓」が飾ってある部屋もあったんだぞ!

「俺は必死で働いているのに!」って、腹も立つけど、
なんだか、笑いにもなる。
そうゆう大らかな会社だった。

で、そうゆう理不尽さとか、
世の中の大人のやることを、傍目で観ながら、
おもしろがって、笑って乗り越えてゆけるようになる。

 
「校長室」から、
色んなことを、学んでくれ。

この釣り竿社長の後日談も、
また、ブログのなかで、ご紹介しますね!



老舗・元祖・・に、美味いものナシ? 時代は変わる。

誠に、勝手なルール化です。笑

創業○○年。元祖○○・・・
「老舗」の商品には、2種類ある。

本当に、何年間も、味を変えず、売り続けている商品。
お客様の好みにあわせながら、少しづつ変化をさせている商品。

老舗で、人気があるのに、
なぜか美味しく感じることが少ないのは、
前者の場合です。
「昔の人は、この味が、贅沢で、美味しかったんだろうなー」と、思いを馳せながら、食べる。
「砂糖が、肉が、手に入らなかったから、この味が、人気だったんだろうな~」なんて。

「後者の味だな・・」というときには、
「老舗の名に、あぐらをかかず、変化を続けること」が、生き残る原則だ・・・と、
噛みしめながら、食べる。

一見、ずっと変わっていないように見える
「ナイキ」のロゴマークですら。。
太さや、長さや、ラインは、時代によって、少しずつ変化させている。

ここは、どっちだろ??
「ラー油を8割にして、食べてください」という、老舗の餃子屋さん。
美味しかった!!



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