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父と師匠の名シーン「日が昇れば月は消える」「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」

輝宗は、若手で能力に長けた家臣をつけたうえで、
政宗を後継者に。と考えている。
しかし、
聡明な(優等生タイプ)の政宗の弟を擁立しようとする旧勢力の家臣団との対立が深まる。

そこで、輝宗は、虎哉和尚に相談にゆく。

「家臣を納得せしめて、内乱を防ぎ、伊達の家名を保つ手だてはないものか」
「和尚の卓見をたまわりたい」

「坊主には、とんとわかりませぬ」
「武家の作法は、経文のどこにも書いておりませぬのでな」
「すると、殿は、あくまでも若をお世継ぎにと?」

「それが筋目でござる」

「日が昇れば、月は消える」
「身を捨ててこそ、浮かぶ瀬もあれ」
「ま、こんなところですかな・笑」

このアドバイスで、
18歳の政宗に家督を譲る。輝宗41歳。

そして、相続から、半年後、
政宗は、東北地方の名門、最大最強の芦名家に戦いを挑む。
壮挙というべきか。
無謀と言うべきか。

・・・・
家督を相続後、
敗戦を重ねる政宗の処遇について。

母が、こう進言する。
「政宗が、まことの大将の器量を備えることができるようになるまで、
家督をお預かりなされては、いかがかと存じます」

輝宗は、こう答える。
「小賢しいことを申すな、それでは、さらに政宗が傷つくだけではないか」
「誰が、何と言おうと、伊達の統領は、政宗じゃ」
「一旦、隠居した者が、のこのこと、しゃしゃり出られるか!」
・・・・

若くから、実権を任せる。
一度、譲って、任せたからには、信じて見守り、従う。もう戻らない。

オーナー企業の後継の基本です。



父と子/輝宗と政宗。信秀と信長。~自分と違う力を認めて、信じ切る

幼少期から青年期の政宗に対する周囲からの評価は、
高いものではありませんでした。
片目を失明したことで、内向的で、引っ込み思案だった。
一方で、乱暴で危険な部分もあった。と言われています。
(弟のほうは、健康で聡明であった)

それでも、
父の輝宗は、政宗に英才教育を施し、18歳の政宗に家督を譲る。

同じような事例が、織田信長と父・信秀です。
奇行が多く「うつけ」と呼ばれ、評価の低かった信長を、信秀は一貫して嫡男として扱いました。
(政宗同様に、優秀な弟もいました)

「今、基準の優等生」ではなく、
「次の時代に必要な能力を持つ人間」
欠点の裏側にある未来の可能性。を、二人の父親は見出していました。
胆力、野心、人の心をまとめる力。革新性、独創性。

ここから、私が学んだことは、
どんな幼子であろうとも、
「自分と違う何か」を持っている人間である、それに敬意をもって、接すること。
「一般的な欠点も、長所の裏返し」とみること。
「世間が、周囲が、何と言おうと、彼を信じること」それがベースにあること。

父と子の絆。
とか、そうゆう感傷的なものではない。
家の死活問題、存続問題として、一人前に育てるため、
我が子に対して、父はどう接すべきか?

輝宗の政宗への接し方は、
私の子供への接し方のベースを作っています。

・・・・
普通の人が見るもの
・今、仕事、運動、勉強ができるか
・礼儀正しいか
・人当たりが良いか
・失敗が少ないか、言うことを聞くか・・・

父親が見るもの
・生き抜く胆力、突破力があるか
・人を引きつける力があるか
・大局を見られるか
・危機で決断できるか、挑戦できるか、立ち直る力があるか


若き日の政宗の居城のひとつ「小浜城」。
難攻不落の巨大城郭であったことがわかります。
(誰も来ない山中に一人で上る。クマが出ないか、さすがに、怖かった・・・)



焦ると負ける。敵を憎むな。疲れも弱さも見せるな。

初陣を前に、
政宗は和尚を訪ねる
「されば、弓矢を交えるにあたって、武士の心得を承りたい」

「さよう。まず、その焦りをなくすことじゃの。焦りなさると人間は負ける」

「若は、敵を憎んでおるか?」
「大将たるもの、誰も憎んではいかん。憎んで出たのでは、
阿修羅の働きがせいぜいじゃ。敵を調伏し、世を救うことはできぬ」
「憎しみは、必ず、わが身に刃を返す」
「まあ、よい、心眼を開いていれば、おいおいわかる」

「それから、もうひとつ」
「人前では、断じて寝姿を見せぬことじゃ」
「いかに眠くなろうと、人前では、決して体を横たえてはならぬ」
「一軍を率いるものとして、それだけは、心がけてもらいたい」

(しかし、人間は眠りなしでは生きてゆけぬ、という政宗に対して)
「座ったまま、眠れ!」
「ただし、女子と一緒なら、寝ても良い」
「女子以外には、寝姿を見せるな、というておる」
「風邪をひいたの、頭が痛いのと、理屈をつけて、
どこへでも寝るのは、益体もない寝ぼけ男よ」

以上。

3つのことを教えています。

まず、
「焦る人間は、負ける」

次に、
「敵を憎むな」
これは、以前のブログにもご紹介しました、マフィアも教えてくれる鉄則です。
(和尚は、さすが、仏門。やや道徳的に言いました「おのれに刃を返す」と)
※私は、断然「マフィア派」である。
憎んではならない理由は「冷静な判断を行うため」である。
何十年かかっても、冷静に、お返しする・笑
https://sousai-keiei.com/nakanishi/blog/2021/01/09/
最後に、「寝姿を見せるな」
トップに立つ者は、
いつ何時も無防備な姿や弱み(病気や疲労)を他人に見せず、
厳格な緊張感と「将」としての威厳を、保ち続けるべきだという心構えです。
これは、政宗の晩年の有名な逸話と連動させています。
重い病に苦しんだ際も、家臣の前では決して横にならず、
柱に背中をもたれさせるか、座ったままの姿勢を貫いた。という話が残っている。



自らを鍛えようとする者、そうでない者。大人への鉗槌(けんつい)

「大人への鉗槌(けんつい)は、厳しゅうございまするぞ」
前回のブログでご紹介した1フレーズです。

鉗槌(けんつい)
鉗(けん)とは、「金ばさみ(やっとこ)」のこと。
熱い金属をしっかりと挟んで固定する道具です。

鎚(つい)とは、「金づち(ハンマー)」のこと。
金属を激しく叩いて形を整える道具です。

2つの道具(金ばさみと金づち)が揃って初めて、
ただの「鉄」を、
役に立つ「刃物や道具」にすることができます。

つまり、
鍛冶屋が、何の変哲もない鉄を、固定し、叩き直して、整えて、
役に立つ存在とする。
これと同じように、
普通の人間を、厳格に鍛え上げることで、
世の人の役に立つもの。に変えることを指しています。

人の役に立たなければ、
資本主義の世の中において、お金は入ってきません。

・・・・・
コンサルタントとして、
数多くの経営者、幹部とお会いしています。
売上アップのための施策を立案し、実行をサポートして、ともに売上を作ります。

私のコンサルティングは、基本、かなり優しいです。
まあまあの「至れり尽くせり」で、すーーっと、売上が作れるようになっています。

「売上が上がってゆく、その過程を知れば、
自分が、どのようにふるまえば良いか、そうゆうことも自然とわかってくるでしょう」
人に対しては、こんなスタンスで、接しています。
ほとんどの人は、それで、気づいて成長してくれます。

人に対する「鉗槌(けんつい)」は、ほとんどありません。
マーケティングの仕組み、ツール、媒体に対する「鉗槌(けんつい)」は、
たくさんあります。

しかし、
マーケティングへの「鉗槌(けんつい)」を「他人事」とかとらえることができず、
いつまで経っても、わからない「人」が、ごく稀にいます。
変わらない。それどころか、売上が上がると、ふるまいが退化してゆく人もいます。
今、AIが、それに拍車をかけています。

そうゆう場合は、
「大人への鉗槌(けんつい)」をふるうこともあります。
必要最低限。ほんの少し。
そうしなければ、クライアントが、生き残ることが難しい、厳しい時代となっているからです。

一方で、今「鉗槌(けんつい)」の在り方も、
変わりつつある世の中です。

前述のブログのシーンでは、
和尚が、
政宗のほっぺをつねるシーンがあるのですが・・・

現在の日本のテレビでは、コンプライアンス&人権意識の向上により、
「子供に痛みや不快感を与えるリスクがある演出」は
最初から企画段階で避ける、あるいは編集でカットされます。
今、あのシーン自体が、TVとして放送できるかどうか・・・そうゆう時代です。

「大人につねられました」と、AIに聞けば
「児童相談所に電話しなさい」と答えが、返ってきて、
その通りにすれば、
警察が来て、逮捕されちゃう。そうゆう時代です。

金ばさみでつかまれ、
ハンマーで打ちつけられる。鉗槌(けんつい)

そんな目にあっても、
人の役に立つ存在となろうとする者。
そうでない者=逃げる者、避ける者。

鉗槌(けんつい)ナシで、
役に立てるようになりたい?

役に立たず、おカネだけ欲しいか?笑
→鉗槌(けんつい)行きじゃ!



泣きたいときには笑う。寒いときには暑い、暑いときには寒い、と言う。

虎哉(こさい)和尚
演じるのは、名優・大滝秀治さん。

政宗の幼少期からの学問の師です。
時折、登場して、政宗と対話し、教訓を授けます。

放送の当時、私は、中学三年生。いわゆる思春期です。
親や先生からの教えは、ほとんどが潜在意識のなかに浸透、埋没。
顕在的な意識に、テレビにほんの一瞬しか登場していない
「独眼竜政宗」の面々が、ずっと生きています。
特に、虎哉(こさい)和尚の言葉は、生きています。
まるで、政宗と共に、自分も薫陶を受けているかのごとく、TVに入り込んでいたのだと思います。
(いわゆる中二病ってやつです)

今回の印象に残るシーンは。。
政宗の元服(成人式)にあたり、虎哉(こさい)和尚の寺での会話。

↓↓
「若、今日から、和尚は、若を大人に扱いまする」
「大人への鉗槌(けんつい)は厳しゅうございまするぞ」

「わかりました」

「何がわかったのだ?」
「そう簡単に、わかってはならぬ」
「若は、もっとへそ曲がりにならっしゃい」

ほっぺをつねり
「どうじゃ、痛いか?」

「痛かったら、「痛うない」と言わっしゃい」

「痛うない!」

「痛うなかったら「痛い」といわんか!」

「痛い」いや「痛うない!」

「どうじゃ、わしが憎いか?」

「憎うない!」

「それでよし」
「泣きたいときには、笑う」
「暑い折には、寒いと言い、寒い折には、暑いと言う」
「これが、へそまがり術の極意じゃ」
↑↑

この一連のやりとりです。

特に、最後のまとめ。
「泣きたいときには、笑う」
「暑い折には、寒いと言い、寒い折には、暑いと言う」

・・・・
・自らの感情を、安くオモテに出さない。
 =感情をコントロールする=強固な意志で向かいあうこと。
・同調圧力(他からの評価「一般的」なるもの)に、自分の心を支配されないこと。
・常識。と思われていることを「本当にそうか?」と考えてみること。
・・・・

私が「ちょっと変わっている」と評価されることが多いのは、
おそらく、この人の「へそまがり術」のせいです。



僕の、あなたの「かくありたい」~独眼竜・政宗より

最近「歴史ブログ」をご無沙汰しておりました。
まとめて、書き留めておきます。

私が、影響を受けた歴史ドラマのひとつ、NHK大河ドラマ「独眼竜政宗」より。
思い出深いシーン。
教訓として、ずっと生きているシーンを抜粋して。

主に、
・父の子に対する関わり方。
・師を持つこと。そこから受ける薫陶。
・人として生きるため、大切なこと
このようなことを、学びました。

 
まずは、ご紹介したい有名シーンがこちら。

養育係の喜多さんと、梵天丸(ぼんてんまる、政宗の幼名)が
お寺に参ったとき、不動明王の仏像をみて。

「これは、化け物か?」

「不動明王にございまする」

「仏様が、なぜ、このような恐ろしい顔をしておるのじゃ?」

「さあ、それは・・・」

ここで、師匠となる虎哉(こさい)和尚、横から登場!

「教えて進ぜよ!」
「恐ろしい顔は、悪を懲らしめるためじゃ」
「不動明王は、優しい仏様じゃ。外見とは異なり、慈悲深い」
「とくと、覧じよ」

「喜多・・」
「梵天丸も、かくありたい」

・・・・
梵天丸の学問の師なってもらいたい。と、父の輝宗に請われていましたが、
武将の子息を教えることを、固辞していた虎哉和尚が、
梵天丸のこの言葉を聞いて、引き受けることを決意する。

梵天丸は、片目を失った自らの顔と、
不動明王の見た目と中身を重ね合わせた。

大河ドラマ史上でもナンバーワンの名場面です。
・・・・・

私も「すごい、何か」に、出会うと、
見たり、聞いたり、知ったりすると、

「マサト丸も、かくありたい」

ずっと、そう生きてきました。
だから、直前のブログのようになる・笑

 
人は、それぞれによって
「かくありたい」の強さ、方向が、異なります。
なぜ、そうなるのか
・・・
みんなの「かくありたい」に、興味があります。
なぜ、それが異なるのか?
このメカニズム、
解明できないものでしょうか。



医療と豪傑

注射が苦手。
そのくせ、
医療を前にして、自らの身体と意志を一体にする「豪傑」にあこがれています。

////
三国志の英雄・関羽が、
腕に刺さった毒矢の傷を、麻酔なしで、骨まで切開した。
「痛みなど、意志の前では、塵にすぎぬ」と
手術の間、平然と、部下と囲碁を打っていた。
////
石油ビジネスマンの死に際・・・
「死は人生で1度しか経験できない、俺はそれを味わいたい。だから、麻酔はしない」
最期まで、がんの激痛に耐え、「おい、もう麻酔していいぞ」
と言った瞬間、死んでいた。
////
無頼派の文豪が、最後の作品を完成させるために、
意識酩酊状態になる可能性のある治療を拒否し、
作品を完成させ、その直後に、死んだ。。等々
////
この手のエピソードに、非常に憧れを抱いています。
(俺も、できるんじゃないか?やりたい)

だから、
以前、受診したドッグでは、
胃カメラ検査のとき、
「麻酔しますか?」と聞かれて、
「フッ・・・、それも良い経験ですから。麻酔ナシでやってください」
憧れの豪傑たちに、ほんの少しだけでも近づきたい。
と、麻酔なしを選びました。

しかし、結果は・・・
もう痛くて、痛くて、、、
鼻水・よだれ・涙が止まらず、情けなくて・・・
大・大・大後悔しました。(ボクは、豪傑ではない・・・)

今回、胃カメラは、
「はい!麻酔、お願いします!!!」
即決です。

(でも、麻酔に、抵抗してやろう)
つまりは、、
(絶対、寝ない!!
「あれ??この方、麻酔、効いてません!」とか、
看護師たちが、あたふたしている様子を見てやるぞ)
と、
目を見開き、ギラギラさせて、ベットに寝ていました。
(豪傑への憧れを、捨てきれない、ボク)

が・・・・・
そう思った瞬間。
もう、何もかも、終わっていて、
「中西さん、そろそろ、起きましょうかーー」
熟睡しておりました。

 
ちなみに、
この病院の看護師さんたち、
ご自身の健康診断のときの各種検査では、麻酔をしないそうです。

理由、わかりますか?

「え?麻酔って、やっぱり、ちょっと危険な部分があるんですか?」
「量を間違って、もう起きてこない。とか。後遺症が残る。とか。。」

「いえ、違うんです」
「麻酔をすると、目が覚めてから、30分くらいは、安静にしなきゃならないんですね」
「麻酔しなければ、回復の時間が必要ないので、すぐに仕事に戻れるんです」

なんと・・・・
30分、安静にさせている時間が、もったいない。
胃カメラや内視鏡検査が、終わったら、
すぐに、働けるように、麻酔をしない。

さすが、大阪の病院。この商魂。
そして、豪傑揃いの看護師さんたち。


MRIの問診表。
「弾丸」が入っていないか?
聞かれてました。



その2「剣豪」看護師さん

病院付属の人間ドッグを受診すると、
外来で働いておられる
バラエティに富んだ、スタッフさんに巡り会えます。

今回、
麻酔注射部門の看護師さんも、
ユニークでした。

腕を出して。と言われて、
いつもの通り、顔を背けて、腕を出していると。。

「注射、苦手なの?」
「はい・・・」
「男の人は、そうゆう人、多いねー」※アルコール消毒ふきふき
「気分が、悪くなるの?」
「いえ、そうゆうわけではないんですけど、刺されるの、怖くて。。見ないほうが痛くなさそう・・・(※チクっ!)・・・」
「はい、そう言うてるうちに、もう刺したけどねー」

まるで、
剣豪にスパッとやられた感じ?
自分が殺されたことを、
斬られてから、後で気づいた。って感じ。

もしくは、、切腹前、
「何か言い残すこと」を考えている途中で、
介錯されちゃった感じ??

なかなかの剛腕・看護師さんでした・笑



マーケティング原則。ハロー効果、ホーン効果

何を隠そう、
注射が、人一倍、苦手です。
刺さる瞬間も、血も見ていられません。
ずーっと、顔を背けています。
検査用採血に、何本も血を抜くとき、
看護師さんが、作業をするので、微妙に、針が動いたりします。
それさえも、嫌で、嫌で。。。

・・・・
今回受けた病院とは別の人間ドッグでは、
注射刺したあと、検査用に何本か抜く作業が、
自動化マシンによって、行われていました。
これは、最高!! よくぞ、開発してくれた、導入してくれた!
一切、針が動かず、
ウイーーーーーンという音がするだけです。
(この音すら、嫌なんですけど・・)
・・・・

人間ドッグのスタッフさんは、
みなさん、とても親切で、丁寧です。
看護師さんも、案内係さんも、サポートメンバーも。

その中に、一人だけ、
言葉遣いが荒っぽい。動きは早いけど、なんとなくガサツな看護師さんがいました。
「うん、大丈夫やからね!」
「そんで、何時に、ここ来てね~」
「メニュー、ここに置いとくから!」
きっと悪い人じゃないんだろうなー。ということは、
接していて、わかりました。

 
そして、恐怖の(しかし、避けて通れない)採血の時間・・・・
僕の部屋に、この看護師さんが、登場!!!
(あーーー、ダメや、終わった・・・、よりによって。。。。)
(是非もなし!)

と、思いきや、、
この看護師さんの採血注射、まったく痛くない。
あの何本も抜く作業時も、一切、針が動かない。
自動化マシンのレベルを、完全に超えています。
いわゆる「達人級」でした。

しかし、、
もったいない!

「ハロー効果」:一つの良い特徴が、すべての印象を良く感じさせる。
「ホーン効果」:一つの悪い特徴が、すべての印象を悪くさせる。

マーケティングで良く使われる用語「ハロー(天使の後光)効果」の逆
「ホーン(悪魔の角)効果」一歩手前でした。

実は、明らかなる達人だったから、見直されて、感動したものの、
これが、普通レベルの採血技術だったら、
間違いなく、痛い!ダメ!
という印象を受けたと思います。

 
葬祭業でも、非常に良くあることです。
ホールのクオリティ、清掃レベル、、
相談スタッフ、霊柩車運転手の言葉遣い、身だしなみ、振る舞いで、
葬儀品質、会社、すべてを判断されます。



孤立効果。対比効果 ~病院のなかのコンビニ。

2日間の外出禁止で、大きな病院に滞在しただけで、
私は、院内にある「コンビニ」に、
ドキドキ・わくわくしていました。

からげくん。スイーツ。炭酸飲料、、、
普段、何も気にしていない商品が、
ここで見ると、急にキラキラ輝いてみえるのです。
何とも言えない「背徳感」が、満載なのです!!

大人用のオムツの品ぞろえが、充実していて、
そこを見ると「現実」を引き戻される。
ところで、このコンビニに、
アレはあるのか?アレは・・・
探し回りましたが、ありませんでした・笑

 
病院のなかのコンビニは、
さながら、
女子高のなかの男性教師。
工業高校のなかの女子生徒。
一般社会では普通。
しかし、その空間のなかにあると、異常にモテる。
このコンビニも、通常以上に、売れていると思います。

マーケティングで言えば、
「孤立効果」
「対比効果」
似た要素が並ぶなかで、一つだけ異質なものは、
目立ち、記憶に残りやすく、魅力も感じやすくなる、心理現象。

WEBデザインのなかで、「申し込みボタン」だけ、色を変える。
余白を大きくして、目立たせたい文字をポツンといれる。
勉強するとき、色マーカーをいれて、覚えやすくする。

そうゆうマーケティングの効果と同じです。



お金持ちの行動原則。それと女性の装いについて

以前のブログでも、
「お金持ちの人ほど、
挨拶ができる、感謝の言葉を声に出す、人の話を良く聴いている」
という事例を、お伝えしました。

今回の「S」さんも、同様でした。

いつも、ちゃんと「ありがとう」を言う、
誰に対しても、物腰柔らかな、おじさんでした。

私たち「D」の中には、態度の悪い人も、いました。
・いつも、集合時間に遅れてくる人。
・看護師さんや食堂のスタッフさんを「おい、ねえちゃん」と呼ぶ人。。
(中途半端で、教育されていない金持ちは、最もタチが悪い・・・)

さすが「特別室・Sさん」です。

まずは、
振る舞い、言葉遣いだけでも、
実践してみることが
自分にできる「S」への道。
この原理原則を、ここでも再確認。

そして、
もうひとつ(ゆがんだ?)
人間観察事例をご紹介。
・・・・・
人間ドッグの最終日、すべての検査が終わった後、
レストランで食事を(ご褒美的に?)食べることができます。

近くの席に
素敵な年配のマダムが座っていました。

「お待たせしました、D4番さんですねーー」と、料理が運ばれる。
な、な、な、なんと、
「Dの4番= ○○●●子さん、昭和27年3月〇日生まれ」

ドッグ中は、もちろん全員が
ずーっと、検査着&ノーメイク。
=万人共通。ある意味、最も平等な空間。
なので、正直、D4番=くたびれて神経質そうな小さな老女(失礼!)でした。

が、今、ここで食事しているのは、超・お上品なセレブさん。
まったくの別人レベル。
・・・・
これまで生きてきた中でも、
過去に類を見ない、
女性の変身力・マックス。
服装・メイク・髪型で、ここまで変わるものかー!!
いや、恐ろしい・・・プラス・感動。

本質は同じ。
世間を味方にするのは、装い。



Dの7番。

人間ドッグでの
アホ話を、おひとつ、どうぞ。。

今、病院では、
個人情報保護の観点から、
患者の個人名を呼ばないようになっているそうです。

事前にその説明を受けました。

私は、2日間「D7番」と呼ばれる。
(きっと、人間ドッグの「D」
そして、一緒に診察科を回る人間ドッグコースの方々8人のうちの「7」人目。という意味)

「“Dの7番”って、刑務所の囚人番号みたいですね」

まあまあ、面白いやろ?どや??
と思って、
ニヤニヤしながら、言ってみましたが、

「・・・・・」
黙々と、D7のリストバンドをつけられました・笑

 
「D7番さん、か、ドッグの7番さん」と、お呼びだしされます。
と、補足説明を受けたので、

「“ワン!”って答える感じですか??」
懲りずに、
もう一回、挑戦してみましたが、、、

「・・・・・」
またも、撃沈。。

 
一方、
病院では、ミス撲滅のため、
診療科の受付時、
診察を受ける前、
「フルネームと、生年月日をお願いします」と、声に出して、
言わされ、確認を受けます。

なので、個人情報は、
一緒に回る8人全員に、ばっちり知られることになる。
他7人の氏名を、知りもする。
誕生日から、年齢までもわかる・笑。

この「守るべきルール」のための本末転倒の「矛盾」
それも、なんだか、面白いです。
大きな組織「あるある」が凝縮された事例です。

 
8人のうち、
「S2番さん」がいました。
他は全員「D〇番」である。
なぜ、この人だけ「S」なんだ??

しばらくして、理由が判明しました。
入院している部屋が「特別室」なのです。
追加料金を払って、特別室。スペシャルの「S」

(つづく)



その商品が好き!が、伝わる接客。伝わるお店。=専門店の生き残りのヒント。

人間ドッグ。
心電図の検査にて、
機械が、ピーーコン、ピーーコン
と、鳴り始めました。
一時的に、止まるけど、
また、すぐに、ピーーコン・・・と始まる。

(これ、、、死ぬときの音やん。。。)

ドラマなんかでは、そうである。
「お父さん!おとうさん!!」「ナカニシさーーん!聞こえますかーー」ってなる、あのシーンの定番音。

不安に思っていたのが、伝わったのか、
検査技師さんが、
こう教えてくれました。

「すごく良い心臓をしている証拠ですよ」
「心拍数が50を切ったとき、鳴るようになっています。
50前後の心拍数を行ったり来たり、心臓がゆーっくり、動いているってことです。」
「一回でたくさん血液を送り出せるから、何回も動かなくていいんだよ。
ボク、まだまだ、余裕あるよ。って、言ってるんですねー」
「排気量が大きなエンジンみたいな心臓です」

成人男性の平均心拍数70前後に対して、ボクは56。

褒められたことが、嬉しいし、
心臓を擬人化した表現も、素敵です。

 
エコー検査では、
「吸ってー、はい、とめてー」を繰り返します。
これは、検査したい場所を、見やすい場所に出してきて固定するために行っているそうです。
途中、ペットボトルのお茶を飲まされました。
(サービスかな??)と思ってたけど、そうではなく、
これによって、胃に影ができて、エコーに映りやすくなるのだそうです。
この病院が初めて発見した方式であり、今、他の病院も真似している。
と、誇らしく話しておられました。

息をとめた後、「楽にしてください」と、言われて元の状態に戻るのですが、
検査技師さんは、毎日、何度も、きっと数百回、同じことを言ってるせいか、、、
「はい、らく~ざい」
↑「はい、らくにしてください」が、縮まったフレーズと思われます・笑

ボクは「臓器好き」「臓器マニア」に診てもらいたい。
「臓器愛」にあふれる人に診てもらいたい。
個別の臓器に興味を持って、しっかり診てくれる人である。

・・・・
自分の扱い商品を、目の前にしたら、
その特長を、声に出して、お客様にお伝えすることができる。
その商品の「オリジナル=独自性」に感心することができる。
そうゆうスタッフさんを育てているお店が、選ばれるお店になります。稼げるスタッフになります。
・・・・

肺活量も褒められました。
「スポーツ選手並み。この年齢なら20人に1人以下だね」と。

理由として、思いあたることがあるとすれば・・・
小学生のころ、魚を捕らえるために、海の中に少しでも長くいたい!と、
朝夕、洗面器に顔をつけて、何分、息を止めれるか?って、
夏が来るたび、勝手にチャレンジしていたこと。

また、
心肺機能が、そんなに高いくせに、
「あー、もうしんどいわ~。走るの、やめよ~」ってなるのは、
自分は、人と比べて、相当だらしない、怠け者なんだろうな。。と、想像できます。



健康診断と人間ドッグ。コンサルタント

今回の人間ドッグでも、気づいたことを、
何回かに分けて、書いてゆきます。
仕事の役に立ちそうなことから、(いつもの)くだらないことまで。

まず、そもそも、
「人間ドッグ」と「健康診断」は、何が違うか?
改めて。。。書き留めておきます。

健康診断は、
普通の検査師が、普通の機材を使って、
「決まった項目を、決まった手順で、淡々と」ベルトコンベア式にたくさんの人を検査する(=言い方が悪いけど「芋洗い」です)
法定の範囲で「異常がないか、最低限の確認」をするのが、健康診断です。

人間ドッグは、
一流の検査師が、最新鋭の機材を使って、
「何か、見つけ出してやろう」と、個別に徹底的に探しています。(芋を1個ずつ丁寧に検査して選別する)職人。そんな印象を受けます。
「異常の予兆、小さな芽を、本気で発見」するのが、人間ドッグです。

ただ、、ですね。
人間ドッグにも、ピンキリ、あります。
中身は、普通の健康診断に毛が生えた程度。広告だけが上手。
そうゆうところに、行ってしまうと、悲惨。お金と時間の無駄です。

「毎年、健康診断も、受けてたのにね・・・。進行が早かったんだね」
訃報と共に、こんな言葉を聞くこともあります。
が、
僕は、「いや、違うわ。。。」と感じています。
見落としているだけです。小さな芽を。
普通の健康診断では、それを見つけることができないのです。ベルトコンベア式、芋洗いだから。そうしないと、病院に利益が出ないから。
見つかれば、余程のラッキー!です。

何年かに1度は、プロに診てもらわないと、ダメ。と、思います。
先輩や後輩が、先に亡くなると、
本当に腹が立ちます。おい、ちゃんと、受けとったんかよ!って。

車で言えば、
車検(法律だから仕方なく)と、熟練メカニックによる精密整備。
交番の巡回と、刑事の捜査。そんな違いでしょうか。

コンサルタントも同じ。
一定のパターンしか持たない普通のコンサルタントと、
個別のクライアント先の状態や市場の情勢に応じて、小さな予兆も見落とさず、
最適な実行プラン作り、勝つようにサポートするコンサルタント。

きっと、
葬祭会社も、まったく同じ。



男の年代ごとの評価ポイント/10年前から準備

男は年代ごとに、
(一般的に)評価されやすい=モテ要素が、変わってゆきます。

~9歳:運動能力(足が速い、スポーツができる)
10代:外見(顔が良い、見た目が良い、人気者)
20代:勤め先等・所属先(に加え、個人の将来性、挑戦、行動力)
30代:仕事の実力(仕事ができる。結果、成績)
40代:経済力(お金がある。年収、資産)
50代:地位(役職がある。影響力がある)
60代:健康(病気がない。若々しい、元気)
70代:家族・仲間(会える人がいる。積み重ねの人間関係)
80代~:人格(最終的に世の中の役に立ったこと。死にざま。名を残す)

もちろん、評価もモテも、気にせずに、
「自分は自分。評価もモテ度も気にせず」生きてゆく男。
それはそれで、個人的には大好きで、友達にもなりたいですが、、
社会の中での相対的な評価は、知っておくほうが良い。

こうして、整理して眺めてみて、
何が、わかるか?

「10年以上前から、努力して、準備をしなければならない」
ということが、最も大事なこと。

「ずーっと、つながっていて、土台を形成する」
ということも、わかった。

「20歳までの20年間と、60歳以降の20年間は、形こそ変われど、本質は似ている」
ということも、わかった。
身体そのもの。見た目。人との関わり。
これらの要素が、
最初の20年は、親からもらったもの。
最後の20年は、自分の努力の結果。で、評価される。


というわけで、
時々、2日間の人間ドッグに行きます。
健康には、ちゃんと気を遣います。
自分を含め、近い人が、元気であることは大事です。
無事に生きてること。そのものが、誰もの最大の財産です。
「お金」は「生命」のために使います。



ポジティブ・フレーミング(マイナス言葉を、プラス言葉に)

「〇〇してはいけない」等の、マイナス表現を、
「●●しましょう」等の、プラス表現に、変えること。
これは、
物事の見方・枠組み(フレーム)を変える
「リ・フレーミング」という技術です。

一般的な表現では、「自転車・走行禁止」です。
それを、ここでは「押しチャリ」と表現。

「押しチャリ」いいですね!
かなり高度な「リ・フレーミング」

(喫煙者に対しては、いまだ、厳しく、、ゴリゴリ「禁止」表現ですが)
=たぶん、マーケティングの原理原則までは、勉強していない。
でも、ネーミングセンスやアイデアに、優れた人の手によるものでしょう。
こうゆう人を鍛えたら、数字を作るデザイナーになるけどなあー。

「できちゃった婚」が、「おめでた婚」になり、
「高齢者・老人」は「シニア」。
だから「老人ホーム」は、「シニア・レジデンス」
「従業員」は「キャスト」「クルー」となり、
「お客様」は「ゲスト」。。。等々。

マイナス言葉を、プラス言葉に、
置き換えると、売上が上がります。



先にとる需要、本番でとる需要、後からとる需要

商品・サービスには、ライフサイクルがあります。
生まれて、成長して、ピークをむかえ、衰退してゆく。

そのなかで、
1)需要を先に早めに獲得する。
2)需要の本番ピークで獲得する。
3)需要が終わった後も獲得する。

この3段階があることを知り、それぞれに対して、トータルで手を打つこと。
1)「先需・さきじゅ」
2)「本需・ほんじゅ」
3)「後需・あとじゅ」

一般的には「もう終わった」と思われている
3)まで、やりきる。
本当のプロは、ここを知っているのです。

おおー、やってる!
後需(あとじゅ)狙い。うれしくなります。

大阪万博・閉幕から半年以上。まだ、これで稼ごうとする。稼げる。


母の日が終わってから数日、
「まだ、需要がある」と知っている。あきらめない。



オグリキャップはもう来ない?「生まれ」からの逆転

今回は、扱われる「馬側」からも
「馬・優先主義」を見ておきたいと思います。

過去2回のブログは、
乗る側、管理する側からの視点のブログでした。

結論、
「自分を優先される主義」に甘えるな。
それに甘えると、
勝ち組(=もともと才能ある者)が、勝ち組で終わる。
もともと才能なき者は、ずっと、負けたままで終わる。

根拠、
以下の通り。

1980年代から1990年代の競馬界では、
デビュー前、安い価格で取引された馬も、成功することができていました。
オグリキャップ、タマモクロス、バンブーメモリー、スーパークリーク、
イナリワン、ナイスネイチャ、テイエムオペラオー、マヤノトップガン、サクラバクシンオー・・・
彼らはいずれも1000万円前後以下と推定される取引価格。
セリで売れ残って破格安値だったり、価格さえもつかず引き取られた馬たち。
でも、18億円~5億円を稼ぎ出し「名馬」としての名が残る。

一方、2000年代から2010年代、
安く買われたにも関わらず、活躍した馬で名前が思い浮かぶのは、
キタサンブラック、モーリス、メイショウドトウ。。くらい。
キタサンは、500万円以下が、18億円。圧倒的な資本効率を誇ります。
しかし、近年、安値から出世した「名馬」の数自体は、減っています。

これが、昔の「スパルタ」調教=鍛えて強くする。と、
今の「馬なり」調教=能力を引き出して強くする。の違いか?
その相関関係は不明です。
しかし、事実は、上記の通りです。
同時に、近年は
超高額で買ったのに、まったく活躍しない馬も、増えました。

安値馬の活躍度、投資対効果の比較。
今昔について、
大きく明確な理由=相関関係ある真実は、他にあります。
「血統と育成」の進化。それに伴う巨大化・画一化です。
・血統が良血(サンデーサイレンスからディープインパクト)に集中。
・生産から育成する牧場の企業化(社台&ノーザングループ等)

走る血統の馬が、設備の優れた牧場で英才教育を受けたのち、
調教師が運営する厩舎に預けられて、デビューする。

安い馬=つまり「走らない親」から「個人牧場」で、生まれた馬は、
その数自体も減り、逆転も起きにくい状況となっています。

このような背景に「馬・優先主義」は、抜群にマッチしました。

・・・・
馬は「どこに生まれたか」によって、
(今や、ほぼ全馬にサンデーサイレンスの血が流れています)
一生が、決まってしまう時代になったのです。

人間にも、今、「親ガチャ」という言葉があります。
似ているかもしれません。
優秀な両親(血統)のもとに生まれ、
良い家・食事・習慣・教育・友人に恵まれて育った人と、
そうでない人。普通の人。

「自分が優先される主義」は
「生まれ」が良い者に、大きな追い風になる。
「生まれ」が悪い者から、逆転のチャンスを奪う。

馬も人も同じ。

でも、人間には、この仕組みに、早く気づき、
「自分が優先される環境」に、甘んじることなく、
自主的に厳しく、外部からも猛特訓を受けることで、能力を高めて、
逆転を狙うチャンスがあります。

今回、言いたかったのは、そうゆうことです。


先日、初の女性G1騎手となった、今村聖奈騎手。
失敗もあったけど、こうして地方競馬場で力をつけ、晴れ舞台オークスでの勝利。
おめでとうございます。
(ちゃんと、成功を先読みして、写真を撮る・笑)
G1騎乗馬は「ジュウリョクピエロ」
近年、本当に珍しい、小さくても頑張っている個人牧場生まれて、
かつ、個人の馬主さんの所有馬。
購入価格は公開されていませんが・・・
おそらくそれほどの高値ではないはずの馬の勝利でした。



Happy people make happy horses/幸せな人間が、幸せな馬をつくる

競馬も、そろそろラストに。

前述の国枝調教師と
双璧をなしていた名伯楽が、
2022年、定年で引退した「藤沢和雄」調教師でした。

国枝さんを上回る1500勝以上。歴代2位。

それまでの日本の競馬界の常識(=レースのムチや猛訓練、厳しい調教方法)を覆し、
「馬を大切に扱う」スタイルで、勝利を重ね、
現在の主流となる考え方や、
調教・運営方法も、決定的に定着させた調教師さん。

藤沢さんの有名な言葉があります。
「幸せな人間が、幸せな馬をつくる(Happy people make happy horses)」

牧場のご子息として生まれ、大学を卒業後、
1973年から4年間、競馬の本場・イギリスに、厩務員として留学。
日本で主流だった、スパルタ調教とは、
まったく異なる「馬も人もが、穏やかで楽しくいられる環境づくり」を
日本へ導入する原体験をする。

「Happy people make happy horses」は、
異国・イギリスでの修業に気負い、
難しい顔をしてピリピリしながら、馬に対応していた藤沢さんに、
同僚が教えた言葉だそうです。

イギリスでは、ホースマン自身が陽気で、
すれ違う人々と気軽に挨拶を交わすなど、笑顔でいられる環境がある。
そこから
「いつも笑っていられるような、幸せな状態にある人間こそが、、
幸せな馬、強い馬を育てることができる」という哲学の原型を学ぶ。

日本に帰国後、いくつかの厩舎を厩務員、調教助手として、回り、
野平祐二厩舎で、あの7冠の名馬「シンボリルドルフ」の調教助手として、
その主戦騎手、これも前述の「馬・優先主義」岡部幸雄に出会う。

ここで、点が線になった、確信に変わった(と、推察する)

1987年30代半ばで、調教師として、独立開業。
当時、ビシッと一杯に調教するのが、一般的だった時代に
「馬なり主体」調教=馬の気のままに走らせる調教。を行う。
「3頭併せ」調教=これまでの2頭での併せ調教に加えて、3頭を一緒に走らせる調教。を行う。
(群れで安心して走る、実戦に近い、能力や調子の比較ができる)

もちろん、当初、馬券を買う競馬ファンは、
「は???そんなゆるい調教で、勝てるわけないやろ」
「もっと、ビシッと一杯に仕上げんかい!ちゃんと気合いれろやー」
と、そんな感想を持っていました。(たぶん・・・)

一方で、
1992年、小さな牧場で生まれ、750万円の安値で取引された馬が、
栗東にできた「坂路」=坂道のトレーニングコースをフル活用した、スーパースパルタ調教で、
快進撃を続け、無敗でダービーを勝つ。
「サイボーグ」「坂路の申し子」という異名の「ミホノブルボン」と
ベテラン・戸山為雄調教師である。

藤沢さんもこの年から、シンコウラブリィという海外牝馬と岡部幸雄のコンビで、
勝ち続け、翌年G1をとる。
真っ黒の勝負服と、岡部幸雄が、かっこよかったー!

まさに、当時、対極的な存在でした。

藤沢調教師は、以降、勝利を重ね、通算1570勝。
功績をたたえた記念碑には「一勝より一生」という文字が刻まれています。

馬を育てるプロセスは、人間関係にも通じます。
「イライラした人は、馬を勝たせることができない、能力を発揮させることができない」
現代のビジネスや教育にも通じる普遍的な原則です。

↓↓
あくまでも走るのは馬だということ。そこを忘れてはいけない。
もっと本質を見抜くというか、馬の尊厳を大切にしないといかん。
馬たちが走ってくれるから厩舎の勝ち鞍も伸びていくし、GⅠを勝たせてもらっている。ついつい、目先の結果や数を使うことばかりを考えてしまいがち。
そうやって必要以上に強い調教をすれば、馬の大事な将来を駄目にしてしまう。
もちろん、競馬に耐えられるだけの調教をしなければならないところもあるんだけど、
走ることを苦しいと思わせてはいけない。
↑↑
インタビュー記事より。

馬をスタッフとして。
あるいは、スタッフからお客様へとして。置き換えてみてくださいませ。

馬と向き合うためには、まず人(スタッフや関係者、そして自分自身)が、
心身ともに満たされていることが不可欠だと考えていました。

パドックとの距離の近さが抜群の心地よさ
福島競馬場。



ムチと馬。ムチと人。今、勝つための共通点

現在は、動物愛護の潮流もありつつ、
根拠を持って、ムチの使用回数に制限もかかってきました。

「馬の能力を最大限に引き出すためには、
叩き続けることではなく、
馬自身のリズムや気持ちを整えることが重要だ」
という考え方、アプローチが正解、主流となってきています。

近年の会社での人財育成にも、非常によく似ています。
※「ヒトは生物である」これは大原則です。

昔の職場では、「厳しく叱る」「詰める」「気合でやらせる」という育成が多かった。
短期的には成果が出る場合もあります。
しかし、中長期的には人が萎縮し、自主性も消える。
現在、これをしていると、離職にもつながる。

前述の通り、一流騎手ほど、
30年以上の昔から、むやみに鞭を使わないものでした。
普段から馬との信頼関係を築き、
折り合いをつけ、最後に少し合図を出すためにムチを見せる(見せムチ)だけで、
馬が自ら、伸びる状態を作っています。

会社も同じ。
優れた経営者やリーダーほど「怒鳴る回数」が少ない。
「怒られた」と感じさせない。
日頃から、ベースとなる信頼関係を築き、方向性を共有し、
働きやすい環境を整えている。社員が自ら動く。

もちろん、勝負所=要所での厳しさは必要です。
競馬でも、ムチそのものが禁止されたわけではない。
問題なのは、「いつもいつも、鞭に頼ること」なのです。

人が育たない会社の共通点。
それは、「普段の仕組み」ではなく、
「その場の叱責」で、動かそうとすること。
しかし、それでは根本的な会社の力が、上がってゆかない。

競馬も企業経営も、
今、本当に大切なのは「その場の追い込み」ではない。
日々の訓練・調教、信頼関係、環境・仕組みづくりにあります。

馬が、走ること・レース場を好きでいられるように。
ヒトが、仕事すること・職場に来ることを好きでいられるように。

真の勝負のとき、
少し背中を押せば、自ら走り出す状態を作れるかどうか。
そこに、
一流の騎手と、一流の経営者・幹部の共通点がある。


今、風車ムチは、ダメですよーー。
あのときは・・と、思い出話で済ませるように。



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