top > 2026年


戦略の時間軸=奥行き「飴をなめさせておけ」「石を放り込め」

徳川家康を演じたのは、津川雅彦さんでした。

これまで数々の俳優さんが、徳川家康を演じてきました。
滝田栄、松潤、北大路欣也、 風間俊介、 寺尾聰、 西田敏行・・・・等々。
現在の大河ドラマ「豊臣兄弟」で家康を演じる、
松下洸平さんも、(歴史に残るかもしれない)という名演ぶりです。

何と言っても
私の「家康」イメージに、最も近いのが、津川さんです。
いやらしい「たぬき」感が、極上にマッチしています。

心に残る名場面と教訓は、関ヶ原・直前の場面より。

「政宗め。わしの足元を見て、脅すつもりじゃ」
↑政宗は、敵である上杉と講和することをほのめかしてきた。

「伊達が逆心し、上杉については一大事かと存じまする」

「放っておけ」
「上杉を、奥州にくぎ付けにすれば、それで十分じゃ」

「飴をなめさせておけばよい」

「飴。と申しますると?」

「政宗が欲しがるものは、何か。よう考えてみい」

・・・・
家康は、伊達の本領7か所(福島県の北部~米沢)を返還する。と約束する。
「これで、父祖墳墓の土地を奪還できる」
「これに、現在の石高を加えると・・・100万石を超えまするぞ」
いわゆる「100万石のお墨付き」をもらい、政宗と家臣は歓喜する。

結果、関ヶ原の戦いは東軍の圧勝に終わる。
しかし、政宗が家康に隠れて、
南部領内での一揆(和賀忠親の一揆)を煽動し、
どさくさに紛れてさらなる領土拡大を狙っていた陰謀が家康に露見する。
これを口実に「百万石のお墨付き」は、反故(取り消し)にされ、
最終的に加増されたのはわずか2万石程度。
(後の仙台藩62万石の基礎)にとどまる。

「足元を見て家康を脅した政宗」と、
「それを利用して戦いに勝ち、最後は手のひらで転がした家康」
キツネとタヌキの化かし合いのような心理戦が、描かれています。

 
また、こんな言葉も。。。
「三成の号令に従う武将がどれほどいるのか」
「諸大名はみな息をひそめて、形勢を見守っておる」
「今、石を放り込めば、水の深さもわかる。
 波紋の広がり方も明らかになる」

津川・家康からの教訓をまとめておきます。

「飴をなめさせろ」
相手の欲しがるものは、何か? を考えて、動かせ。
今の力関係と、後の力関係は、異なっていることが多い。
飴はそのとき甘い。が、なくなる。

「石を放り込む」
自分が動くことで、相手の反応がわかる。そこを見てから、また動いて有利に運ぶ。
動くこと自体、一発での成果は考えない。
自分が余裕を持って先に動く=相手を試すという行為である。
営業にしろ、告白にしろ、石を放り込む。という行為なのです。



演出にまで口をはさむ俳優。是か非か

勝新太郎が演じる秀吉。
渡辺謙が演じる政宗。

秀吉が、北条氏・小田原攻めていた陣に、
政宗が遅参し、死に装束を身につけて、
初対面を果たす。という歴史的にも有名な場面である。

ここで、勝新太郎は、NHKの演出に提案をして、採用されている。

秀吉と政宗は、ここで初対面するのだから、
当時、まだ面識のなかった、勝新太郎と渡辺謙も、舞台セットで初対面する。そのリアリティを撮れ。というのである。

リハーサル、なし。
楽屋への挨拶も、なし。

二人の本当の初対面が作品となっているのです。

 
勝新太郎は、
作品の演出に提案をして、決裂した過去があります。

相手は、あの黒澤明監督。
映画「影武者」の主役でしたが、
衣装・セリフ・立ち回り・設定等々に提案を行い、
ち密な演出やカメラワークを信条とする黒澤監督の不信感が徐々に増大してゆく。
最終的に、勝新は、
自分の演技をチェックするため、撮影現場にビデオカメラを持ち込もうとして、
黒澤監督の逆鱗にふれ、決裂。降板。
二人の天才の激突でした。

/////
「役者」は、
監督や演出から言われたことを、完璧にやりきる。という人が、本物のプロ。

それとも、
意見や案を出しつつ、共に作るほうが、本物のプロか。

後者の提案は大事だけど、
最終的には、前者でしょうよね。
/////

勝新太郎の提案を受け入れて挑戦したNHK。
今となっては、それも「独眼竜政宗」を彩る、名場面とエピソードです。



給与をもらう=勤める人のプライド。恩義に報い忠義を尽くす

片倉小十郎景綱
知略の面で、幼少期より政宗を補佐した武将です。
西郷輝彦さんが演じていました。

政宗が、秀吉に服従したのち、
秀吉は、政宗の家臣である片倉小十郎景綱を、
秀吉自身の直接の家臣として、大名に取り立ててやる。と持ち掛ける。
いわゆる「引き抜き」である。

本社のワンマン社長が
買収した関連会社の優秀社員を、別の関連会社の社長にしてやる。ということに近い。

秀吉(演じるは、あの勝新太郎さん!)
「政宗、折り入って、そちに無心があるが、よいか」
政宗
「はっ、何なりと」
秀吉
「……小十郎。近う、ちこう」
「かまわぬ、前へすすめ」
「おぬし、伊達の知恵袋じゃそうじゃな。近くでみたい」
「ほう、良い相をしておる」
「政宗、この小十郎の器量を見込んで、三春城をつかわそうと思うが、どうじゃ?」
「小十郎に、三春(領地)の領主にしてやろう。」
「働き次第での、十万石にもしてやろう。」
「二十万石……いや、三十万石にもしてやるぞ」
「どうじゃ、どうじゃ、政宗」

小十郎
「ありがたいお言葉にござりまする」
「されど、その儀はひらにご容赦を」
「ご無礼の段、なにとぞお許しくださりませ」※素早い動きで部屋の最後部まで下がる
「それがしは、先代・輝宗公より格別のお引き立てにより、姉ともども、傅役(もりやく)を仰せつかりました。」
「以来、十九年。及ばずながら伊達に奉公つかまつり、過分の処遇を賜っておりまする」
「小十郎は、伊達家に骨をうずめる覚悟にござりますれば、なにとぞ」
秀吉
「ほう・・この秀吉のために骨をうめるでなく、伊達のために骨を埋める。とそちは申すか」
小十郎
「恐れながら、今や伊達に奉公申す所以は、
殿下にご奉公申し上げるに他ならずと心得まする。一層の忠勤に励みますれば、なにとぞ」
「伊達家にて、無用と仰せられれば、
この小十郎、己の不忠を恥じて、ただちに割腹つかまつりまする」

このやりとりの間、政宗に類が及ばぬよう、
政宗が話さなくても良いように、小十郎が表に立って言葉を発する。

秀吉
「どうじゃ、どうじゃ、うん、わしが見込んだだけの男であろう」
「小十郎、そちの心根に免じて、これをつかわす(派手な羽織を投げつける)」

場を離れてから
政宗
「愚かな奴だ、せっかくの出世を棒に振りよって」
小十郎
「急がば回れと申しまする。
10年もたてば、関白殿の天下も去り、伊達家興隆の時節がまわってきましょう。
殿のご器量にすべてを委ね、大願成就を信じて、ご奉公いたしておりまする。
さればこそ、関白殿の誘いを退けたまでにござりまする」

「恩着せがましいぞ」
「いえ、決して」
「小十郎、ありていに申せば、わしは嬉しかった」
「もったいないお言葉」
「お前の忠義は、生涯忘れん」
・・・・実際、伊達家は、代々、片倉家を大切にし、今も残っている。

・・・・・
途中、秀吉の近習(石田三成)たちが、政宗と小十郎に浴びせた言葉が下記の通り。
「どうした、小十郎、御礼を申さぬか」
「慮外者!殿下の仰せを何と心得る」
「伊達殿に、遠慮いたしておるのか」
「伊達殿、何とか申されよ、そなたが許すと申せば、小十郎も納得するに違いない」
「主君の命に従わぬと申すか」
・・・・・

当時、中学三年の自分も将来、
「禄を食む」=つまりは、給料をもらう人間。となるであろう。そのとき、
「かくありたい」と、感じたシーンです。

・採用してもらった恩義に報いること。
・目先の金や地位で動かないこと。
・筋を通し、忠節を貫くこと。

その対極に、
秀吉の近習(石田三成など)の存在がある。
かく「なりたくない」と、強く感じる。
・虎の威を借るキツネ
・自分の実力を、親分の実力と勘違いして生きること
・親分の機嫌をとることでしか生きていない、太鼓持ち。になること。

このあと、
豊臣家は滅びる。
伊達家は、江戸・明治を生き残り、現代も続く。

どんな家臣が中枢にいたか。の違い
そこまでの歴史をも暗示した名シーンでした。

////
昭和と言われようが、化石と言われようが、本来、日本が日本である一要因である。
こうゆう教育も受けていない。知らない。知っていても他人事。。
新入スタッフに見せてほしい。感想を聞きたい。



「一番店になる」のではない。「一番店にふさわしい店になる」のだ

晩年に近い政宗と家臣たちの対話シーンより

↓↓
わしは、齢50にして、ようやく悟った。
つまるところ、
人が、天下を選ぶのではない。
天下が、人を選ぶのだ。
わしに器量があれば、天下は向こうから転がり込む。
器量がなければ、致し方ない。
↑↑

一番店になりたい。と言って、目標を定めて、
一番店になるものではない。

一番店となるにふさわしい取り組み、振る舞いを行えば、
一番店の地位は、向こうから転がり込む。

 
同じことは、
近年、高校野球・甲子園の常連校でも言われています。
昔は「全国制覇」を目標に、練習に取り組んでいました。
現在は「日本一からの招待状」というテーマを設定し、
「招待状」を受け取るに相応しい日々の練習、日常を過ごそう。というチームが増えています。

自分たちが普段やっている日々、日常が、
「天」から愛されることなのか、
「お客様」「人」から愛されることなのか。
まず、そこを、きちんと見直して、整備したい。

もちろん、
このテーマ設定さえもが
「天下」や「一番店」や「利益」へのレール。
=戦略・戦術でもあるわけですが。

今、主流となりつつあるこの思考を、約40年も前に表現していることに、
「独眼竜政宗=原作者・山岡荘八」の偉大さを感じます。

私の一番店づくり支援の根底を作ってくれています。



リーダーの地獄と極楽

虎哉和尚の名シーン、これをご紹介して、ラストにします。

敗戦して帰ってきた政宗に

「笑・とうとう、地獄を見られたか」
「殿のお心の中には、地獄があり、極楽がある」
「仏さまは、格別に殿を見込んで、地獄の入口をご披露くださった」
「引き返すことはできますまい。武将の道は、地獄への道じゃ」
「地獄を通らねば、極楽へは行けぬ」
「人を殺め、城を奪い、己も狙われ、裏切りにおののき、
悪夢にうなされ続ける、それが武将の宿命にござる」
「家督を返上されれば、楽になりまするぞ」
「いっそ、頭をまるめて、禅門に入られてはいかがかな。
極楽がぐんと近うなりまするぞ」

「そうは、参らぬ。ここで尻尾を巻いては武門の恥辱」
「政宗は、未来永劫、世間の嘲りを受けようぞ」

「ならば、地獄へ落ちるしかあるまい」

「地獄、地獄と申すな!」

「では、何が聞きたい」

「負け戦から、立ち直る手立てじゃ」
「いかにすれば、家中の信頼を取り戻し、蘆名に一矢報いることができるのか」

(ポン!)と手をたたく。
「左手が鳴ったか、それとも、右手が鳴ったか?」
「そこを、とくと考えられよ」

 
政宗は、挟み撃ちを考える。
「これからの戦は、八方に目を据え、天下の形勢をにらみつつ、
友軍と呼応して、かからねばなるまい」

////
「武将」は、
会社と社員の人生を背負って意思決定している「リーダー」と置き換えて良い。

「リーダーへの道は地獄への道」

「誰かの人生を左右し、顧客とシェアを奪いあい、
己もまた競争にさらされ、スタッフの裏切りにおののき、
決断の夜には安眠できぬ。それが、リーダーの宿命にござる。」

いっそ、責任と競争から降りますか??
それとも、地獄を通って、極楽を見ますか?

友軍と呼応することも大事な時代です。



「父もろとも撃て」~父が息子に託すもの

輝宗・政宗父子に、悲劇が訪れる。
政宗は、自分を最も信頼してくれていた父を殺すことになるのです。

状況は、こうである。

政宗は、二本松に拠点を置く畠山義継を攻め、攻略に成功する。
義継は、政宗に降伏を申し出る。
政宗は、降伏を認める条件として、ほぼすべての所領を没収し、
家を維持できない状況にまで追い込もうとした。
なんとか取り計らってもらいたい、と、
義継は、宮森城に隠居していた輝宗を訪問して、泣きつく。
輝宗は「政宗に家督を譲っている。最終判断するのは、政宗である」と伝える。
帰り、城門まで送ってゆく途中で、
義継は、輝宗を拉致。二本松城へ連れ去ろうとする。
急報を聞いた政宗は、二本松の所領に入る直前で、一行に追いつく。

「父を顧みて、伊達の家名を汚すな!」
「政宗!伊達の統領は、そなたじゃ!」
「このままでは、末代までの恥だぞ」
「政宗!天下をとりとうないのか!」
「父もろとも、撃て!」
「ここじゃ、わしを撃て」
撃て、撃て、撃て、撃て、撃て ――政宗を演じる若き渡辺謙の苦悶の表情、名演技
(気は確かか・・政宗・・・) ――義継、銃弾の中、輝宗を刺す。

宮森城跡です。
(ここで拉致したのか・・・。突発的か、計画的か。。今は、誰もわからない)

輝宗と義継の最後の地、粟の巣古戦場。
「小規模な合戦ながらも、有名武将が二名同時に死ぬのは稀有な例」と、看板にある。

大河ドラマでは、
伊達領と二本松領との境となる、阿武隈川の河原での出来事でしたが、
今の阿武隈川からは、やや離れている場所が現場です。
もしかしたら、当時はこのあたりまで、川だったのかもしれません。
拉致現場の宮森城からは5~6km程度。拉致して歩くなら2時間は、かかるかな?
その間に、政宗が駆けつけ、追いついた。ということです。

・・・・・
もし自分ならば、
父から「撃て」と言われて、撃てるか?
息子に「撃て」と、言うことができるか?
撃たせることができるか?

子の立場なら、
いったん父を拉致させて、そのあと交渉。
となる可能性が高い。
私は、政宗の立場で、政宗のようにはできない。

でも、
息子に対しては「もろとも撃て」と言えるように。
そうゆう父にはなりたい。と思い、接しています。
そして、息子には、志と大義のために、父を撃てるようになってもらいたい。と。

現代において、ありえない状況。
と思われるかもしれません。が、そうゆう覚悟のもと、存在しています。



ゼネラリストとスペシャリスト

初陣から帰ってきた政宗に
父・輝宗がこう質問する。
「敵の刃に囲まれて、そなたは、何を感じた?」

最初は、恐ろしくて、身がすくんだ。
しかし、太刀をあわせるうちに、心が澄みわたり、相手の姿が手に取るように見え、
斬るか斬られるかの瞬間が、醍醐味だった。
と夢中で(勇猛を褒めてもらえるだろうと)政宗が答える。

それに対して、輝宗はこう教える。
「外道じゃ」
「よいか、大将は、時に臆病でならなくてはならぬ」
「大将が首をとられたら、戦は負けじゃ」
「一家一族は根こそぎ倒される。それゆえ、最後まで死んではならぬ」
「家臣の柱となって、生き抜くことが務めじゃ」
「家臣の場合は、さにあらず、大将のために死ぬることが務めじゃ」
「喜んで相果てることに、忠節の意味がある」
「侍とは、そうしたものじゃ。大将と家来が死を挟んで、向かい合うておる」

↓現代に置き換えると。
経営者は、時に臆病でなくてはならぬ。
経営者が会社を潰せば、従業員の暮らしも、家族の暮らしも、根こそぎ失われる。
すべての従業員の柱となって、全体を見て、会社を守り抜くことが務めじゃ。
経営者が、好きな一部の仕事しかしないようでは、会社は潰れる。
従業員の場合は、さにあらず。
従業員は、その会社に自らの時間を捧げ、能力を尽くし、己の人生を賭ける。
自らの時間と力を差し出して、会社を支えるのじゃ。
現代の「侍」とは、そうしたものじゃ。
経営者と従業員とは、金を挟んで向かい合うておる。
金だけでつながった関係は、金で切れる。
「この会社を守る者」と「この会社に人生の一部を託す者」が、
互いの背中を預けておる。会社とは、そうしたものじゃ。

・・・・
経営者は、スペシャリストではダメ。
ゼネラリストであるべき。との原則を、輝宗は教えています。

スペシャリストとは、特定の狭い領域で高度な技術や知識を持つ人。
システムエンジニア、医師、弁護士。。コンサルタントもこれにあたります。
即戦力として評価されやすく、技術や知識で直接成果を出す。

ゼネラリストとは、部署や業務の垣根を越えて、幅広い知識や調整力を持つ人。
経営者、経営企画や管理職、総務など。
全体を俯瞰してチームをまとめて、正解のない問題に対して最適解を導く。

これは、経営のイロハです。
・・・・

輝宗を演じるのは、北大路欣也さん。
この目力と存在感よ・・・。
このドラマは、起用されている俳優陣も、特筆ものです。
また、それものちほど。

輝宗・欣也さんが言ってた、この言葉を、
のちのち経営の勉強をしたとき、思い出して、つながる。
ああ、こうゆうことを言ってたのかー、同じだなあと。



父と師匠の名シーン「日が昇れば月は消える」「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」

輝宗は、若手で能力に長けた家臣をつけたうえで、
政宗を後継者に。と考えている。
しかし、
聡明な(優等生タイプ)の政宗の弟を擁立しようとする旧勢力の家臣団との対立が深まる。

そこで、輝宗は、虎哉和尚に相談にゆく。

「家臣を納得せしめて、内乱を防ぎ、伊達の家名を保つ手だてはないものか」
「和尚の卓見をたまわりたい」

「坊主には、とんとわかりませぬ」
「武家の作法は、経文のどこにも書いておりませぬのでな」
「すると、殿は、あくまでも若をお世継ぎにと?」

「それが筋目でござる」

「日が昇れば、月は消える」
「身を捨ててこそ、浮かぶ瀬もあれ」
「ま、こんなところですかな・笑」

このアドバイスで、
18歳の政宗に家督を譲る。輝宗41歳。

そして、相続から、半年後、
政宗は、東北地方の名門、最大最強の芦名家に戦いを挑む。
壮挙というべきか。
無謀と言うべきか。

・・・・
家督を相続後、
敗戦を重ねる政宗の処遇について。

母が、こう進言する。
「政宗が、まことの大将の器量を備えることができるようになるまで、
家督をお預かりなされては、いかがかと存じます」

輝宗は、こう答える。
「小賢しいことを申すな、それでは、さらに政宗が傷つくだけではないか」
「誰が、何と言おうと、伊達の統領は、政宗じゃ」
「一旦、隠居した者が、のこのこと、しゃしゃり出られるか!」
・・・・

若くから、実権を任せる。
一度、譲って、任せたからには、信じて見守り、従う。もう戻らない。

オーナー企業の後継の基本です。



父と子/輝宗と政宗。信秀と信長。~自分と違う力を認めて、信じ切る

幼少期から青年期の政宗に対する周囲からの評価は、
高いものではありませんでした。
片目を失明したことで、内向的で、引っ込み思案だった。
一方で、乱暴で危険な部分もあった。と言われています。
(弟のほうは、健康で聡明であった)

それでも、
父の輝宗は、政宗に英才教育を施し、18歳の政宗に家督を譲る。

同じような事例が、織田信長と父・信秀です。
奇行が多く「うつけ」と呼ばれ、評価の低かった信長を、信秀は一貫して嫡男として扱いました。
(政宗同様に、優秀な弟もいました)

「今、基準の優等生」ではなく、
「次の時代に必要な能力を持つ人間」
欠点の裏側にある未来の可能性。を、二人の父親は見出していました。
胆力、野心、人の心をまとめる力。革新性、独創性。

ここから、私が学んだことは、
どんな幼子であろうとも、
「自分と違う何か」を持っている人間である、それに敬意をもって、接すること。
「一般的な欠点も、長所の裏返し」とみること。
「世間が、周囲が、何と言おうと、彼を信じること」それがベースにあること。

父と子の絆。
とか、そうゆう感傷的なものではない。
家の死活問題、存続問題として、一人前に育てるため、
我が子に対して、父はどう接すべきか?

輝宗の政宗への接し方は、
私の子供への接し方のベースを作っています。

・・・・
普通の人が見るもの
・今、仕事、運動、勉強ができるか
・礼儀正しいか
・人当たりが良いか
・失敗が少ないか、言うことを聞くか・・・

父親が見るもの
・生き抜く胆力、突破力があるか
・人を引きつける力があるか
・大局を見られるか
・危機で決断できるか、挑戦できるか、立ち直る力があるか


若き日の政宗の居城のひとつ「小浜城」。
難攻不落の巨大城郭であったことがわかります。
(誰も来ない山中に一人で上る。クマが出ないか、さすがに、怖かった・・・)



焦ると負ける。敵を憎むな。疲れも弱さも見せるな。

初陣を前に、
政宗は和尚を訪ねる
「されば、弓矢を交えるにあたって、武士の心得を承りたい」

「さよう。まず、その焦りをなくすことじゃの。焦りなさると人間は負ける」

「若は、敵を憎んでおるか?」
「大将たるもの、誰も憎んではいかん。憎んで出たのでは、
阿修羅の働きがせいぜいじゃ。敵を調伏し、世を救うことはできぬ」
「憎しみは、必ず、わが身に刃を返す」
「まあ、よい、心眼を開いていれば、おいおいわかる」

「それから、もうひとつ」
「人前では、断じて寝姿を見せぬことじゃ」
「いかに眠くなろうと、人前では、決して体を横たえてはならぬ」
「一軍を率いるものとして、それだけは、心がけてもらいたい」

(しかし、人間は眠りなしでは生きてゆけぬ、という政宗に対して)
「座ったまま、眠れ!」
「ただし、女子と一緒なら、寝ても良い」
「女子以外には、寝姿を見せるな、というておる」
「風邪をひいたの、頭が痛いのと、理屈をつけて、
どこへでも寝るのは、益体もない寝ぼけ男よ」

以上。

3つのことを教えています。

まず、
「焦る人間は、負ける」

次に、
「敵を憎むな」
これは、以前のブログにもご紹介しました、マフィアも教えてくれる鉄則です。
(和尚は、さすが、仏門。やや道徳的に言いました「おのれに刃を返す」と)
※私は、断然「マフィア派」である。
憎んではならない理由は「冷静な判断を行うため」である。
何十年かかっても、冷静に、お返しする・笑
https://sousai-keiei.com/nakanishi/blog/2021/01/09/
最後に、「寝姿を見せるな」
トップに立つ者は、
いつ何時も無防備な姿や弱み(病気や疲労)を他人に見せず、
厳格な緊張感と「将」としての威厳を、保ち続けるべきだという心構えです。
これは、政宗の晩年の有名な逸話と連動させています。
重い病に苦しんだ際も、家臣の前では決して横にならず、
柱に背中をもたれさせるか、座ったままの姿勢を貫いた。という話が残っている。



自らを鍛えようとする者、そうでない者。大人への鉗槌(けんつい)

「大人への鉗槌(けんつい)は、厳しゅうございまするぞ」
前回のブログでご紹介した1フレーズです。

鉗槌(けんつい)
鉗(けん)とは、「金ばさみ(やっとこ)」のこと。
熱い金属をしっかりと挟んで固定する道具です。

鎚(つい)とは、「金づち(ハンマー)」のこと。
金属を激しく叩いて形を整える道具です。

2つの道具(金ばさみと金づち)が揃って初めて、
ただの「鉄」を、
役に立つ「刃物や道具」にすることができます。

つまり、
鍛冶屋が、何の変哲もない鉄を、固定し、叩き直して、整えて、
役に立つ存在とする。
これと同じように、
普通の人間を、厳格に鍛え上げることで、
世の人の役に立つもの。に変えることを指しています。

人の役に立たなければ、
資本主義の世の中において、お金は入ってきません。

・・・・・
コンサルタントとして、
数多くの経営者、幹部とお会いしています。
売上アップのための施策を立案し、実行をサポートして、ともに売上を作ります。

私のコンサルティングは、基本、かなり優しいです。
まあまあの「至れり尽くせり」で、すーーっと、売上が作れるようになっています。

「売上が上がってゆく、その過程を知れば、
自分が、どのようにふるまえば良いか、そうゆうことも自然とわかってくるでしょう」
人に対しては、こんなスタンスで、接しています。
ほとんどの人は、それで、気づいて成長してくれます。

人に対する「鉗槌(けんつい)」は、ほとんどありません。
マーケティングの仕組み、ツール、媒体に対する「鉗槌(けんつい)」は、
たくさんあります。

しかし、
マーケティングへの「鉗槌(けんつい)」を「他人事」とかとらえることができず、
いつまで経っても、わからない「人」が、ごく稀にいます。
変わらない。それどころか、売上が上がると、ふるまいが退化してゆく人もいます。
今、AIが、それに拍車をかけています。

そうゆう場合は、
「大人への鉗槌(けんつい)」をふるうこともあります。
必要最低限。ほんの少し。
そうしなければ、クライアントが、生き残ることが難しい、厳しい時代となっているからです。

一方で、今「鉗槌(けんつい)」の在り方も、
変わりつつある世の中です。

前述のブログのシーンでは、
和尚が、
政宗のほっぺをつねるシーンがあるのですが・・・

現在の日本のテレビでは、コンプライアンス&人権意識の向上により、
「子供に痛みや不快感を与えるリスクがある演出」は
最初から企画段階で避ける、あるいは編集でカットされます。
今、あのシーン自体が、TVとして放送できるかどうか・・・そうゆう時代です。

「大人につねられました」と、AIに聞けば
「児童相談所に電話しなさい」と答えが、返ってきて、
その通りにすれば、
警察が来て、逮捕されちゃう。そうゆう時代です。

金ばさみでつかまれ、
ハンマーで打ちつけられる。鉗槌(けんつい)

そんな目にあっても、
人の役に立つ存在となろうとする者。
そうでない者=逃げる者、避ける者。

鉗槌(けんつい)ナシで、
役に立てるようになりたい?

役に立たず、おカネだけ欲しいか?笑
→鉗槌(けんつい)行きじゃ!



泣きたいときには笑う。寒いときには暑い、暑いときには寒い、と言う。

虎哉(こさい)和尚
演じるのは、名優・大滝秀治さん。

政宗の幼少期からの学問の師です。
時折、登場して、政宗と対話し、教訓を授けます。

放送の当時、私は、中学三年生。いわゆる思春期です。
親や先生からの教えは、ほとんどが潜在意識のなかに浸透、埋没。
顕在的な意識に、テレビにほんの一瞬しか登場していない
「独眼竜政宗」の面々が、ずっと生きています。
特に、虎哉(こさい)和尚の言葉は、生きています。
まるで、政宗と共に、自分も薫陶を受けているかのごとく、TVに入り込んでいたのだと思います。
(いわゆる中二病ってやつです)

今回の印象に残るシーンは。。
政宗の元服(成人式)にあたり、虎哉(こさい)和尚の寺での会話。

↓↓
「若、今日から、和尚は、若を大人に扱いまする」
「大人への鉗槌(けんつい)は厳しゅうございまするぞ」

「わかりました」

「何がわかったのだ?」
「そう簡単に、わかってはならぬ」
「若は、もっとへそ曲がりにならっしゃい」

ほっぺをつねり
「どうじゃ、痛いか?」

「痛かったら、「痛うない」と言わっしゃい」

「痛うない!」

「痛うなかったら「痛い」といわんか!」

「痛い」いや「痛うない!」

「どうじゃ、わしが憎いか?」

「憎うない!」

「それでよし」
「泣きたいときには、笑う」
「暑い折には、寒いと言い、寒い折には、暑いと言う」
「これが、へそまがり術の極意じゃ」
↑↑

この一連のやりとりです。

特に、最後のまとめ。
「泣きたいときには、笑う」
「暑い折には、寒いと言い、寒い折には、暑いと言う」

・・・・
・自らの感情を、安くオモテに出さない。
 =感情をコントロールする=強固な意志で向かいあうこと。
・同調圧力(他からの評価「一般的」なるもの)に、自分の心を支配されないこと。
・常識。と思われていることを「本当にそうか?」と考えてみること。
・・・・

私が「ちょっと変わっている」と評価されることが多いのは、
おそらく、この人の「へそまがり術」のせいです。



僕の、あなたの「かくありたい」~独眼竜・政宗より

最近「歴史ブログ」をご無沙汰しておりました。
まとめて、書き留めておきます。

私が、影響を受けた歴史ドラマのひとつ、NHK大河ドラマ「独眼竜政宗」より。
思い出深いシーン。
教訓として、ずっと生きているシーンを抜粋して。

主に、
・父の子に対する関わり方。
・師を持つこと。そこから受ける薫陶。
・人として生きるため、大切なこと
このようなことを、学びました。

 
まずは、ご紹介したい有名シーンがこちら。

養育係の喜多さんと、梵天丸(ぼんてんまる、政宗の幼名)が
お寺に参ったとき、不動明王の仏像をみて。

「これは、化け物か?」

「不動明王にございまする」

「仏様が、なぜ、このような恐ろしい顔をしておるのじゃ?」

「さあ、それは・・・」

ここで、師匠となる虎哉(こさい)和尚、横から登場!

「教えて進ぜよ!」
「恐ろしい顔は、悪を懲らしめるためじゃ」
「不動明王は、優しい仏様じゃ。外見とは異なり、慈悲深い」
「とくと、覧じよ」

「喜多・・」
「梵天丸も、かくありたい」

・・・・
梵天丸の学問の師なってもらいたい。と、父の輝宗に請われていましたが、
武将の子息を教えることを、固辞していた虎哉和尚が、
梵天丸のこの言葉を聞いて、引き受けることを決意する。

梵天丸は、片目を失った自らの顔と、
不動明王の見た目と中身を重ね合わせた。

大河ドラマ史上でもナンバーワンの名場面です。
・・・・・

私も「すごい、何か」に、出会うと、
見たり、聞いたり、知ったりすると、

「マサト丸も、かくありたい」

ずっと、そう生きてきました。
だから、直前のブログのようになる・笑

 
人は、それぞれによって
「かくありたい」の強さ、方向が、異なります。
なぜ、そうなるのか
・・・
みんなの「かくありたい」に、興味があります。
なぜ、それが異なるのか?
このメカニズム、
解明できないものでしょうか。



医療と豪傑

注射が苦手。
そのくせ、
医療を前にして、自らの身体と意志を一体にする「豪傑」にあこがれています。

////
三国志の英雄・関羽が、
腕に刺さった毒矢の傷を、麻酔なしで、骨まで切開した。
「痛みなど、意志の前では、塵にすぎぬ」と
手術の間、平然と、部下と囲碁を打っていた。
////
石油ビジネスマンの死に際・・・
「死は人生で1度しか経験できない、俺はそれを味わいたい。だから、麻酔はしない」
最期まで、がんの激痛に耐え、「おい、もう麻酔していいぞ」
と言った瞬間、死んでいた。
////
無頼派の文豪が、最後の作品を完成させるために、
意識酩酊状態になる可能性のある治療を拒否し、
作品を完成させ、その直後に、死んだ。。等々
////
この手のエピソードに、非常に憧れを抱いています。
(俺も、できるんじゃないか?やりたい)

だから、
以前、受診したドッグでは、
胃カメラ検査のとき、
「麻酔しますか?」と聞かれて、
「フッ・・・、それも良い経験ですから。麻酔ナシでやってください」
憧れの豪傑たちに、ほんの少しだけでも近づきたい。
と、麻酔なしを選びました。

しかし、結果は・・・
もう痛くて、痛くて、、、
鼻水・よだれ・涙が止まらず、情けなくて・・・
大・大・大後悔しました。(ボクは、豪傑ではない・・・)

今回、胃カメラは、
「はい!麻酔、お願いします!!!」
即決です。

(でも、麻酔に、抵抗してやろう)
つまりは、、
(絶対、寝ない!!
「あれ??この方、麻酔、効いてません!」とか、
看護師たちが、あたふたしている様子を見てやるぞ)
と、
目を見開き、ギラギラさせて、ベットに寝ていました。
(豪傑への憧れを、捨てきれない、ボク)

が・・・・・
そう思った瞬間。
もう、何もかも、終わっていて、
「中西さん、そろそろ、起きましょうかーー」
熟睡しておりました。

 
ちなみに、
この病院の看護師さんたち、
ご自身の健康診断のときの各種検査では、麻酔をしないそうです。

理由、わかりますか?

「え?麻酔って、やっぱり、ちょっと危険な部分があるんですか?」
「量を間違って、もう起きてこない。とか。後遺症が残る。とか。。」

「いえ、違うんです」
「麻酔をすると、目が覚めてから、30分くらいは、安静にしなきゃならないんですね」
「麻酔しなければ、回復の時間が必要ないので、すぐに仕事に戻れるんです」

なんと・・・・
30分、安静にさせている時間が、もったいない。
胃カメラや内視鏡検査が、終わったら、
すぐに、働けるように、麻酔をしない。

さすが、大阪の病院。この商魂。
そして、豪傑揃いの看護師さんたち。


MRIの問診表。
「弾丸」が入っていないか?
聞かれてました。



その2「剣豪」看護師さん

病院付属の人間ドッグを受診すると、
外来で働いておられる
バラエティに富んだ、スタッフさんに巡り会えます。

今回、
麻酔注射部門の看護師さんも、
ユニークでした。

腕を出して。と言われて、
いつもの通り、顔を背けて、腕を出していると。。

「注射、苦手なの?」
「はい・・・」
「男の人は、そうゆう人、多いねー」※アルコール消毒ふきふき
「気分が、悪くなるの?」
「いえ、そうゆうわけではないんですけど、刺されるの、怖くて。。見ないほうが痛くなさそう・・・(※チクっ!)・・・」
「はい、そう言うてるうちに、もう刺したけどねー」

まるで、
剣豪にスパッとやられた感じ?
自分が殺されたことを、
斬られてから、後で気づいた。って感じ。

もしくは、、切腹前、
「何か言い残すこと」を考えている途中で、
介錯されちゃった感じ??

なかなかの剛腕・看護師さんでした・笑



マーケティング原則。ハロー効果、ホーン効果

何を隠そう、
注射が、人一倍、苦手です。
刺さる瞬間も、血も見ていられません。
ずーっと、顔を背けています。
検査用採血に、何本も血を抜くとき、
看護師さんが、作業をするので、微妙に、針が動いたりします。
それさえも、嫌で、嫌で。。。

・・・・
今回受けた病院とは別の人間ドッグでは、
注射刺したあと、検査用に何本か抜く作業が、
自動化マシンによって、行われていました。
これは、最高!! よくぞ、開発してくれた、導入してくれた!
一切、針が動かず、
ウイーーーーーンという音がするだけです。
(この音すら、嫌なんですけど・・)
・・・・

人間ドッグのスタッフさんは、
みなさん、とても親切で、丁寧です。
看護師さんも、案内係さんも、サポートメンバーも。

その中に、一人だけ、
言葉遣いが荒っぽい。動きは早いけど、なんとなくガサツな看護師さんがいました。
「うん、大丈夫やからね!」
「そんで、何時に、ここ来てね~」
「メニュー、ここに置いとくから!」
きっと悪い人じゃないんだろうなー。ということは、
接していて、わかりました。

 
そして、恐怖の(しかし、避けて通れない)採血の時間・・・・
僕の部屋に、この看護師さんが、登場!!!
(あーーー、ダメや、終わった・・・、よりによって。。。。)
(是非もなし!)

と、思いきや、、
この看護師さんの採血注射、まったく痛くない。
あの何本も抜く作業時も、一切、針が動かない。
自動化マシンのレベルを、完全に超えています。
いわゆる「達人級」でした。

しかし、、
もったいない!

「ハロー効果」:一つの良い特徴が、すべての印象を良く感じさせる。
「ホーン効果」:一つの悪い特徴が、すべての印象を悪くさせる。

マーケティングで良く使われる用語「ハロー(天使の後光)効果」の逆
「ホーン(悪魔の角)効果」一歩手前でした。

実は、明らかなる達人だったから、見直されて、感動したものの、
これが、普通レベルの採血技術だったら、
間違いなく、痛い!ダメ!
という印象を受けたと思います。

 
葬祭業でも、非常に良くあることです。
ホールのクオリティ、清掃レベル、、
相談スタッフ、霊柩車運転手の言葉遣い、身だしなみ、振る舞いで、
葬儀品質、会社、すべてを判断されます。



孤立効果。対比効果 ~病院のなかのコンビニ。

2日間の外出禁止で、大きな病院に滞在しただけで、
私は、院内にある「コンビニ」に、
ドキドキ・わくわくしていました。

からげくん。スイーツ。炭酸飲料、、、
普段、何も気にしていない商品が、
ここで見ると、急にキラキラ輝いてみえるのです。
何とも言えない「背徳感」が、満載なのです!!

大人用のオムツの品ぞろえが、充実していて、
そこを見ると「現実」を引き戻される。
ところで、このコンビニに、
アレはあるのか?アレは・・・
探し回りましたが、ありませんでした・笑

 
病院のなかのコンビニは、
さながら、
女子高のなかの男性教師。
工業高校のなかの女子生徒。
一般社会では普通。
しかし、その空間のなかにあると、異常にモテる。
このコンビニも、通常以上に、売れていると思います。

マーケティングで言えば、
「孤立効果」
「対比効果」
似た要素が並ぶなかで、一つだけ異質なものは、
目立ち、記憶に残りやすく、魅力も感じやすくなる、心理現象。

WEBデザインのなかで、「申し込みボタン」だけ、色を変える。
余白を大きくして、目立たせたい文字をポツンといれる。
勉強するとき、色マーカーをいれて、覚えやすくする。

そうゆうマーケティングの効果と同じです。



お金持ちの行動原則。それと女性の装いについて

以前のブログでも、
「お金持ちの人ほど、
挨拶ができる、感謝の言葉を声に出す、人の話を良く聴いている」
という事例を、お伝えしました。

今回の「S」さんも、同様でした。

いつも、ちゃんと「ありがとう」を言う、
誰に対しても、物腰柔らかな、おじさんでした。

私たち「D」の中には、態度の悪い人も、いました。
・いつも、集合時間に遅れてくる人。
・看護師さんや食堂のスタッフさんを「おい、ねえちゃん」と呼ぶ人。。
(中途半端で、教育されていない金持ちは、最もタチが悪い・・・)

さすが「特別室・Sさん」です。

まずは、
振る舞い、言葉遣いだけでも、
実践してみることが
自分にできる「S」への道。
この原理原則を、ここでも再確認。

そして、
もうひとつ(ゆがんだ?)
人間観察事例をご紹介。
・・・・・
人間ドッグの最終日、すべての検査が終わった後、
レストランで食事を(ご褒美的に?)食べることができます。

近くの席に
素敵な年配のマダムが座っていました。

「お待たせしました、D4番さんですねーー」と、料理が運ばれる。
な、な、な、なんと、
「Dの4番= ○○●●子さん、昭和27年3月〇日生まれ」

ドッグ中は、もちろん全員が
ずーっと、検査着&ノーメイク。
=万人共通。ある意味、最も平等な空間。
なので、正直、D4番=くたびれて神経質そうな小さな老女(失礼!)でした。

が、今、ここで食事しているのは、超・お上品なセレブさん。
まったくの別人レベル。
・・・・
これまで生きてきた中でも、
過去に類を見ない、
女性の変身力・マックス。
服装・メイク・髪型で、ここまで変わるものかー!!
いや、恐ろしい・・・プラス・感動。

本質は同じ。
世間を味方にするのは、装い。



Dの7番。

人間ドッグでの
アホ話を、おひとつ、どうぞ。。

今、病院では、
個人情報保護の観点から、
患者の個人名を呼ばないようになっているそうです。

事前にその説明を受けました。

私は、2日間「D7番」と呼ばれる。
(きっと、人間ドッグの「D」
そして、一緒に診察科を回る人間ドッグコースの方々8人のうちの「7」人目。という意味)

「“Dの7番”って、刑務所の囚人番号みたいですね」

まあまあ、面白いやろ?どや??
と思って、
ニヤニヤしながら、言ってみましたが、

「・・・・・」
黙々と、D7のリストバンドをつけられました・笑

 
「D7番さん、か、ドッグの7番さん」と、お呼びだしされます。
と、補足説明を受けたので、

「“ワン!”って答える感じですか??」
懲りずに、
もう一回、挑戦してみましたが、、、

「・・・・・」
またも、撃沈。。

 
一方、
病院では、ミス撲滅のため、
診療科の受付時、
診察を受ける前、
「フルネームと、生年月日をお願いします」と、声に出して、
言わされ、確認を受けます。

なので、個人情報は、
一緒に回る8人全員に、ばっちり知られることになる。
他7人の氏名を、知りもする。
誕生日から、年齢までもわかる・笑。

この「守るべきルール」のための本末転倒の「矛盾」
それも、なんだか、面白いです。
大きな組織「あるある」が凝縮された事例です。

 
8人のうち、
「S2番さん」がいました。
他は全員「D〇番」である。
なぜ、この人だけ「S」なんだ??

しばらくして、理由が判明しました。
入院している部屋が「特別室」なのです。
追加料金を払って、特別室。スペシャルの「S」

(つづく)



その商品が好き!が、伝わる接客。伝わるお店。=専門店の生き残りのヒント。

人間ドッグ。
心電図の検査にて、
機械が、ピーーコン、ピーーコン
と、鳴り始めました。
一時的に、止まるけど、
また、すぐに、ピーーコン・・・と始まる。

(これ、、、死ぬときの音やん。。。)
↑
ドラマなんかでは、そうである。
「お父さん!おとうさん!!」「ナカニシさーーん!聞こえますかーー」ってなる、あのシーンの定番音。

不安に思っていたのが、伝わったのか、
検査技師さんが、
こう教えてくれました。

「すごく良い心臓をしている証拠ですよ」
「心拍数が50を切ったとき、鳴るようになっています。
50前後の心拍数を行ったり来たり、心臓がゆーっくり、動いているってことです。」
「一回でたくさん血液を送り出せるから、何回も動かなくていいんだよ。
ボク、まだまだ、余裕あるよ。って、言ってるんですねー」
「排気量が大きなエンジンみたいな心臓です」

成人男性の平均心拍数70前後に対して、ボクは56。

褒められたことが、嬉しいし、
心臓を擬人化した表現も、素敵です。

 
エコー検査では、
「吸ってー、はい、とめてー」を繰り返します。
これは、検査したい場所を、見やすい場所に出してきて固定するために行っているそうです。
途中、ペットボトルのお茶を飲まされました。
(サービスかな??)と思ってたけど、そうではなく、
これによって、胃に影ができて、エコーに映りやすくなるのだそうです。
この病院が初めて発見した方式であり、今、他の病院も真似している。
と、誇らしく話しておられました。
※
息をとめた後、「楽にしてください」と、言われて元の状態に戻るのですが、
検査技師さんは、毎日、何度も、きっと数百回、同じことを言ってるせいか、、、
「はい、らく~ざい」
↑「はい、らくにしてください」が、縮まったフレーズと思われます・笑

ボクは「臓器好き」「臓器マニア」に診てもらいたい。
「臓器愛」にあふれる人に診てもらいたい。
個別の臓器に興味を持って、しっかり診てくれる人である。

・・・・
自分の扱い商品を、目の前にしたら、
その特長を、声に出して、お客様にお伝えすることができる。
その商品の「オリジナル=独自性」に感心することができる。
そうゆうスタッフさんを育てているお店が、選ばれるお店になります。稼げるスタッフになります。
・・・・

肺活量も褒められました。
「スポーツ選手並み。この年齢なら20人に1人以下だね」と。

理由として、思いあたることがあるとすれば・・・
小学生のころ、魚を捕らえるために、海の中に少しでも長くいたい!と、
朝夕、洗面器に顔をつけて、何分、息を止めれるか?って、
夏が来るたび、勝手にチャレンジしていたこと。

また、
心肺機能が、そんなに高いくせに、
「あー、もうしんどいわ~。走るの、やめよ~」ってなるのは、
自分は、人と比べて、相当だらしない、怠け者なんだろうな。。と、想像できます。



ページトップ

TOPへ戻る