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寄り道、道草・推奨派。行動範囲は「縄張り」である

先日のブログ、通学路の選挙ポスターつながりで載せておきます。

小学校・中学校のとき、「通学路」というものがありました。

私は、通学路以外の色んなルートで、帰ることが多い子供でした。
そのルートは、5~6ルートに及ぶ。
・近道コース
・ザリガニ&カエルコース
・蛇うじゃうじゃコース
・畑のあぜ道コース
・路地裏コース
・廃墟病院コース
・友達の通学路コース。。

 
そんなこともあり、
少年には「通学路以外のルート」を推奨している。
行動範囲は、占有範囲。つまり「縄張り」である。
「寄り道」は、自分の「縄張り」を拡げている活動である。
生物としては、正しい行為をしている。
生きるために、大事なことをしているのだから、
この本質を、ガチガチに去勢してしまうのは、どうなんだろうかと思う。

「通学路」というルールがあることは仕方ない。
でも、本能でもって抗う様を、温かく見守ってやろうではないか!

ひとつだけ、注意点がある。
少年よ、車と変な人には、気をつけろ。通学路は、最も安全な道であり、
それを逸れれば、それだけ危険の度合いも高まる。
ルールを破れば、先生に怒られることもある。
自分の身は自分で守る。責任が発生することを忘れるな。

寄り道も、道草も、
自己責任において、
どんどん、やれば良い。

経営においても、
「縄張り」を拡げるには「寄り道」が、最も効果的なのである。

出張先で、普段のホテルと別のホテルに泊まってみると、色んな発見もある。
こうして、設計・内装・空間づくりの知識の「縄張り」を拡げている。
今でも、寄り道を実践している。



ポスターという個別は、発注者の普遍=本質を示す

「選挙ポスターの掲示板を見ておけ。で、感想を聞かせろ」
偏屈オヤジから、19歳に対して、また(大変、迷惑な)宿題が出された・笑

ズラリと並ぶ各党・各候補者のポスターは、
衆議院の場合とは異なる、参議院選挙の華。楽しみ方のひとつである。
※なぜ華か?わからない人は、「公民」の教科書で、衆・参の選挙制度の違いのおさらいを・・・

もちろん、
ポスター1枚で、選挙の勝ち負けが左右されるわけではない。
しかし、このポスター1枚に、作った人の本質があらわれる。

「個別性は、普遍性」という大切な原則である。

「ポスター」という1つの事象に、各陣営の本質・意図・見識があらわれている。

私は、コンサルタントという職業柄、
「商品力」を相手に伝える「販促力」のうち「広告ツール」としての、出来栄えはどうか?という視点でも、
これらのポスターを通して、その党と候補者の本質を見ている。

今回のポスターたちも、なかなか、面白いぞ!

で、ポスターへの評価と見解を、19歳と互いに戦わせる。
「なるほど、キミはそうゆう視点かー!」
「ちょっと待て、それはどうゆうことや??」を知り、また、強く、優しくなる。

・・・・
選挙ポスターと言えば・・・
小学生のころ、通学路の選挙ポスターの中で、適切なターゲットを決め、
鼻の穴を大きくしたり、
額にヤクザマーク(=手術の縫合後)を入れていた。
相合傘も作っていた。
(これらは選挙の妨害罪にあたるので、良い子は真似しないように)

誰をどうすれば、一番、面白いだろうか?と、
小学生なりに、真面目に考えながら、やっていた。
最小限の追加で、最大限の効果。が、主義だった。
この基本思想は、40年経った今でも変わっていない。
が、
あのころの選挙ポスターの「楽しみ方」から、
私は確実に成長している・笑

これ、面白いなあー。とか、
どれがいい?とか、言いながら、
子供たちに、楽しみながら、政治に興味を持たせてみては?



陰鬱と。作戦と

ご支援先からの帰りの車中、このブログを書いている。
金曜日のニュースから、陰鬱な気持ちである。

ご存知の通り、私は、安倍元総理を、評価していない。この通りである。
https://sousai-keiei.com/nakanishi/blog/2020/09/12/
その評価していない人が、凶弾に命を奪われ、亡くなってしまった。
そのことが、ずーーっと、陰鬱な気持ちにさせている。
何だろう??こんな気持ちは、過去にない。
(本当は、とても、好きだったんじゃないか?)

ある意味、最も、生きていて欲しい人だった。

生きて、「アベノミクス」なる政策が、日本をどうダメにしてゆくのか?
特に、円を大量に刷って、ばらまき、日銀に国債を買わせたこと。
借金を増やしたこと。その結果を、見ていて欲しかった。
今の円安、物価高も、それが根本原因である。

無念であったろう、、、
しかし、歴史に「大きく名を残す」ことは、間違いない。
暗殺される。ということは、それだけの人物である。
同等のパワーで愛されている人しか、暗殺の対象とならない。
ご冥福をお祈りしたい。

 
ちなみに・・・
選挙には「同情票」が流れ、自民党に有利に働く可能性が高い。
野党に不利。

もし、私が、野党側のコンサルとして契約していたなら、どうするか?

もう、一か八かの作戦に出るしかない。
投票率を上げることで、起死回生を狙う作戦をとる。
投票率が上がり、支持政党なしの浮動票が増えれば、野党が有利になるから、
決定的な自民への流れを食い止めることが、できるかもしれない。

各党首の「コメント」に指示を出す。

実際、各党リーダーのコメントがテレビで流れたが、これじゃダメ。
「民主主義への挑戦。許せない」的な内容、そこまでは良い。
が、そこから、全党首、付け足すべき言葉が抜けている。戦術がない。

私は、全党首に「共闘」で、この言葉を付け足しさせる。
↓↓
哀悼と怒りは、あと2日後に迫った選挙に行く、という行動で示そう。
1票を投じることが、この民主主義への冒涜に対する、抗議の意思です。
こんなことが起こらない、平和と安全を実現できる世の中を作る党を選び、投票してください。
↑↑

「哀悼・民主主義・投票」を結び付け
そして「この事件が、現政権下で起こっていること」を匂わせる。
この主旨に基づいて、各党、コメントを作成。

野党共闘なら、
こうゆうとき、瞬時に連携して共闘しなきゃなあ。

自民党とコンサル契約していたら?
幹部には、安倍さんとの思い出を、徹底的に語らせる。
人柄を偲び、悲しみにくれさせる。
日本人は「死」を持ってすべてを許す、仏様になる。死を畏敬する特徴がある。

陰鬱ながらも、第一報を聞いて、そこまで巡らせていました。

他にも、思うところは、たくさんある。
また、聞いてください。



予測


2月と3月の死亡者数の上がり方の「異常値」
やはり、ワクチン3回目、4回目のブースター接種に比例している。

4月が前年対比、同じくらいになっている。下がったように見えるが、
これは、
1)接種数のペースが、減ったこと。
2)昨年、ここからワクチン接種が始まっていること(既に平年よりも高い水準)
が原因である。統計の「妙」である。

今後、順次発表されてゆく死亡者数を大胆予想したい。

異例の「昨年を下回る数字」の月が、たくさん出てくるであろう。
ただ、ワクチン接種がすすまなければ。という条件がつく。

 
国家=全体と言うものは、そうゆう部分がある。
生命と財産を守るための「リスク」説明はしないほうが良いことがある。
全容を隠しておく。

今、問題の円安にも、注視してゆく。
2024年の新券発行にあわせて、何かしてくるはずだ。
でなければ、普通、国家財政がもたない。

個人として、対策をしておく。



地上波から消えたもの。それに雑感。

天心・武尊は、地上波テレビでの放送がされなかった。
村田諒太の試合も、そうであった。
このあと、朝倉未来・メイウェザーも。

ペイ・パー・ビュー(PPV)という、有料ネット視聴での放送。
選手は、テレビよりも、数倍、稼げるそうである。

カネの問題だけではない。

格闘技の興行には、昔から、ほぼ、反社会勢力が絡む。
チケットを、まとめて購入してくれるのだ。

今の時代、リングサイド(今回、数百万円の席)に、
組長さんが座っているのが、
地上波4Kの高画質映像で流れたら、フジテレビの上層部のクビが飛ぶ。

ちょっとでも「グレーなもの」「危険なもの」
「荒々しいもの」は、地上波で放送しなくなる。=世間から排除される。

上島竜平さん的な笑いが、地上波で放送されなくなってきたことも。
「自殺」という言葉自体が、地上波から消えていることも。。

大衆を動かすメディア側が、そう変わってきている。
それにつれて、消費者は、どう変化するのか?
消費者心理をとらえるためにはどうするか?

私たちのマーケティング手法も、見直さなければならない。

 
ちなみに・・・辰吉・薬師寺の試合の雑感。
・やはり昔なので、反社世界の方々が、リングサイドに大挙、押し寄せている。
・現在の井上尚弥の強さを、改めて知る。仕留める力が、圧倒的である。
・具志堅用高さんの愛にあふれる解説が印象的。
「テレビで観てるのと、私たちが見るのと違うんですよ、左の眼が心配なんですよ。
 12Rまでさせると大変なことになります、
 全く見えてませんからね。セコンドは判断して欲しいです」(8Rの途中)
「トモダチになったちゅーかですねー」(12Rのゴング終了後、抱き合った二人を見て)



天心と武尊と。辰吉と薬師寺。。チャンピオンを目指し続けて

スポーツネタ、あとひとつ。
キックボクシング、那須川天心と武尊(タケル)の試合より。

団体が異なるため、交わることのなかった
最強の2人が、その垣根を超えて対戦。

一歩も引かぬ、とても良い試合でした。

この試合を観戦して、思い出したのが、
1994年のボクシング、辰吉丈一郎対薬師寺保栄。
初の日本人同士の世界戦の大激闘。この試合に匹敵する良い試合でした。

で、「辰吉・薬師寺」のYOUTUBE動画を、もう一度観た。
天心・武尊の3Rの激闘状態が、ずーっと12R続くのである。

辰吉は52歳の現在も、世界チャンピオンを目指して、
当時から所属しているこの大阪帝拳のジムで、トレーニングを続けているそうである。

自宅は大阪市内。朝、ロードワークをして、犬の散歩、洗濯をした後、
昼からジムでトレーニング。。という毎日を送っているという。

いつか会えないかなーと思いながら、
ボクシングファンなら誰もが名を知る「大阪帝拳」の前を通る。

あの試合当時(大学生のころ)は、どちらかと言えば、アンチ辰吉派で、
薬師寺を応援していたけど、
今は、ダントツ、辰吉派である。

ジム経営、トレーナー、ユーチューバー、タレント・・・
有名ボクサーの引退後にも、様々な道があるなか、
困難を乗り越え、いつまでも、個人としての最強の男を目指し、
その仕事をずっと続けること。
そこを、尊敬し、共感している。私もコンサルタントとして、最強の男を目指す。

当時、勝っても負けても、多くの人の心をとらえていた理由が、
今になって、やっとわかった。
そして、生き様によって、今さらファンになっている。
唯一無二の存在である。
(会ったことないから、よくわからないけど・笑。イメージの中で)



圧倒的な力には、敵からも称賛の声

友人に誘われ、野球観戦。大阪ドームに見参。

タイガース快勝!みんな、気分よく帰る。
この日、一番の盛り上がりは、大山選手の特大アーチ。
(今年は、プレッシャーに打ち勝ち、覚醒して欲しい!)

その次に盛り上がったのが、明日の予告先発の発表の場面。
オリックス・山本由伸投手の発表があった瞬間です。
オリックスファンからだけでなく、
敵チームである阪神ファンからも、おおおーーーっと、歓声が上がり盛り上がる。

圧倒的な力を有する人は、敵方からも畏敬の念をもって称賛される。

他に、気になったこと・・・色々。
・佐藤輝明の打球スピードは、本当にひと味違う。
・近本に粘りとしつこさが出てきた、何とか塁に出たいという雰囲気が士気を上げる。
 責任感の芽生えか?
・藤浪は、近年不振ながらも・・・・とにかく阪神ファンは藤浪のことが大好きである。
・オリックスの若手・紅林選手には、今後も注目。
 以前のブログのテーマにした「登場曲」が顧客志向である。
 =荻野目洋子のダンシングヒーロー。

・しかし、球場の内野フェンスの高さと幅は、なんとか、もう少し小さくならないものか?
 日本的・観客保護のためでしょうが、そこは本場アメリカを習って、
 自己責任の要素を高く、選手と一体で楽しめることを優先しても良いのでは?
 今は、まるで「動物園」のようである。



年内までは、随分と暴れて御覧にいれる。しかしながら・・・

我が愛する「天下一品」のラーメンも、値上げ。
定食類が全て1100円オーバーとなってしまった。

葬祭業界も
資材仕入れ価格の高騰が止まらない。
おまけに、求人難による採用費も上がっている。

コンサルタントしての作戦立案は、できている。
ここ数か月~年内に実施すべきことについては、自信がある。
しかし、その先・・・となると、確信が持てない。

連合艦隊司令長官・山本五十六が、
開戦前、対アメリカ戦争の見込みを尋ねられた際の返答。
この心持ちと同じである。
↓↓
「初め半年か1年の間は、随分暴れて御覧に入れる。
然りながら、2年、3年となれば全く確信は持てぬ。
三国同盟が締結したのは致し方ないが、
かくなりし上は日米戦争を回避するよう、極力ご努力を願いたい」

ちなみに、
山本五十六の言葉は、こちらのほうが有名である。
↓↓
「やってみせ、言って聞かせて、させてみて、誉めてやらねば、人は動かじ」
もちろん、名言中の名言である。

が、
今、私の心境には、一般にはあまり知られていない上記の言葉が、ぴったりはまる。

覚悟を持って、ご支援先とともに、臨みたい。



老舗の好印象の刷り込み戦術~お口にあいましたか?

ご支援先とのランチタイムより。
何度か、お伺いさせていただく老舗料亭。

店主さんも、スタッフさんも、
お膳を下げるとき「お口に合いましたか?」と、毎回、聞いてくれる。
毎回、同じフレーズで、
どのお客様にも聞いている。

お客様が、悪い事を言うはずがない。

お客様の満足度を上げると同時に、
お客様の脳内に「良い店だった」「美味しかった」というイメージを刷り込む。
口コミ発生の素を作り出しているのである。

食後のコーヒーを持ってくるとき、
デザートの1枚ものパウチ・パンフレットも、持って回っている。
「ご一緒に、デザートはいかがですか?」
抜かりもない・笑

老舗であることにあぐらをかかず、
いや、永く支持されるお店であり続けることの一因を感じる。

 
「良いお葬式ができましたか?」
「きちんと別れができましたか?」
今すぐできる、満足度向上&企業永続化方法である。

まずは、2ヶ月限定で実施してみては?

・・・・
前回まで複数回に渡り、自分の過去ばかり書いたお詫びに・・・
誰でもできる、ちょっとしたノウハウ披露の回とさせていただきます。



初受注・四国ツーリングの後日談

その後、四国で
海岸に手頃な岩場があれば、潜って魚をモリで突き、
龍馬に会い、慎太郎にも会い、
海沿いのサラブレッド牧場に迷い込み、
馬と一緒に、パンツ一丁でシャワーを浴びてた牧場主のおっちゃんが、
波打ち際を、暴れん坊将軍みたいに、馬に乗って調教する姿に、感動して・・・
(白のランニングシャツと白パンツ一丁の“暴れん坊将軍”である)

愛媛から夜行のフェリーで大阪に早朝、戻る。
<長距離フェリーの楽しみは・・・日のあるうちに、大浴場に入ることだ!最高に気持ちいい>

大阪に戻って、さっそくその日の昼、出社すると
机の上には、どかーーん、と、山積みの書類。。。
休んだ分、やれ!!というメッセージである・笑
・・・そこのとこの容赦も、遠慮もない。。
よしよし・・・休んだ分、やったる!

中西さん、戻ってきたね!ポンポンポン(肩を叩く)
「旅に出たまま、もう帰って来ないかも・・・」って、心配してたんだよー。
と、2つ上の優しい先輩。(休んでしまって、ご迷惑をおかけして、本当、申し訳ないです・・)
 
 
GWが明けた、全社会議の日、
ボクシング・川島のサインを渡すために、
ベテランの先輩のデスクに行ってみた。

入社後、初めて会った、ギラギラ系・メガネのおじさん。
後に、船井最大のパチンコチームの領袖(ボス)となる人である。
事情を話し、サインを渡すと、
「おー!そうか、そうか、ありがとう」と言って、
私の目の前で、すぐに、お礼の電話をかけ始めた
「あーー、どうも、どうも、船井総研の○○ですー」
「今、若い衆から、サインを届けてもらいましてね・・・・」
・・・
「ええ、ええ、じゃまた、よろしく!」

なんだか、かっこいいなあー。
⇒即時処理。&部下の目の前でお手本を示す。ということである。
学ぶことが、たくさんあった。

と共に、
今も、電話の向こうに広がっている
四国の大らかな自然と、人のあたたかさを思い出し、
今、自分は「修羅の現実」に戻っていることを、最も実感した瞬間である・笑。

学生の気分を、ここで、本当に完全に断つことができた瞬間。とも言える。



社会人1年目・コンサルタントの卵ノート

大阪を出るとき(夜、寝るときにでも、読み返して、勉強しよう)と、
リュックにいれておいたことが、
受注の役に立った(かもしれない)ノートは、こんなノートである。

普段の日常では、ノートを読み返す時間すら、もったいない
(そんな時間があれば、風呂に入りたい、寝たい)そんな1ヶ月間。

ツーリングに出かけるとき、
これはプライベートの時間ですから。。と、分けてなかったところが、偉かった!笑

入社時から、ずーっと、書き溜めていたノートは、
ノウハウ満載です。
今、見返しても、参考になることが、たくさんある。
しょうもないことも、多いけど・笑

激務の中でも「業務」だけに埋没せず、
単なる「コマ」になることなく、
「コンサルタントとしてのノウハウ」を吸収しようとしていたことが、よくわかる。
まだ存在せぬ、いつか出会う、クライアントのお役に立てる情報をまとめていた。

自分が「一人前の仕事」ができるようになるためのメモを書いていた。

「作業」のためのメモは、一切、見当たらない。
ソフトの使い方がどうとか、名刺の渡し方がどうとか、
○○さんの仕事をどうするとか、何かの手順だとか、そうゆうことは、書かれていない。
※何か別のノートにつけていた(・・・と思うんだけどな・・・そう信じたい・笑)

入社して1~2年目くらいまで、
やり手の先輩方から「おまえの最近のノートを見せてみろ」と、言われていた。
見せると「甘いな!レベルが低い!」って、ボコボコにされる・・・
それが悔しいから、もっと価値ある内容を、工夫して書いておく。

でも、今、見返すと・・・
きっと先輩方は、オレのノートが参考にもなるから、見たかったんだろうなー・笑
って、思うくらい、頑張っていた。

良く勉強していたな。その姿勢がええわ。
22歳のこうゆう青年がいたら、間違いなく、採用する。

「すげーな、オマエ、必ず、伸びるよ」って、声をかける。



会社=ステージ。個人の力=そこで演じてお客様を会社に呼ぶ

酒販店に到着して、
3たび、入社してからの1ヶ月のことを話す。
この日、3度目の公演。さすがに、自分でも飽きてくる。

で、たとえば、このお店ならば・・・ということを
「先輩方がやってること(やっているで、あろうこと)」と
「自分が下働きでやっていること」に分けて、そのままを、お話しした。

入社後からつけているノートを持って、旅に出ていたので、それも、見せた。

先輩が、クライアント先でヒアリングしている(であろう)内容を、聞き取りした。

すると、コンサルティングを受けたい。という話になった。が、
どうすれば良いのか、わかならいので、
いったん、名刺を交換して、後日連絡ということに。

すっかり夕方になってしまい、
「これからどうする?」「ここに泊まっていけ!」というお誘いを、
お気持ちのみ、ありがたくちょうだいして、室戸岬に向かう。

その前に・・・約束の「定時連絡」を会社に入れなきゃならない時間。
緑の電話ボックス。テレフォンカードを入れて、電話をかける。
ものすごい勢いで、テレカの度数が減ってゆく・・
(当時、船井総研はフリーダイヤル契約すら、していなかった・笑)

 
1つ上の先輩が、祝日にもかかわらず、やはり、出社していて、電話に出てくれた。
「えーーーー!?今、四国なのー??」
「実は、明日、来てもらおうと思ってたんやけど・・・」
(↑大阪を離れて、正解や!笑)

でも、
コンサルティングを受注できそうだ。という話をすると、
ちょっと、空気が変わった。その先輩よりも、先に受注する訳である。
「それは・・・○○さん(=猛者上司たち)に連絡して、行ってもらうようにしたほうがいいね」「伝言ノートに書いておくよ」

というわけで、
主任の先輩にくっついて、支援同行させてもらうこととなり、
依頼書の「担当者」欄に、主任と私、2名並列で、名前を書いてもらった。
これが入社1年目、入社して2ヶ月目での「初受注」である。

 
初受注は、
会社の力で、仕事がとれたのか、
個人の力で、仕事がとれて会社に貢献できたのか??

80%は会社の力である。
でも、20%の個人の自力と運で、お客様と出会えた。

偶然に、偶然が重なった、まがいなりの初受注は、
・自分自身が、何かしら動くことで、仕事にありつけること。
・仕事もプライベートも境目なく、過ごしていれば、必ずチャンスは巡ってくること。
・会社をステージとして、自分が演じて、お客様を満足させること
(会社から仕事をもらうのではない、自分が会社に仕事を持ってくるんだ。それができなきゃ、一生、ハードな下請け仕事)
そんなことを、学び体験しました。

当時は、なんとなく感じていただけ。
だんだん、こうゆう体験が生き方として、沁みついてくる。

会社にかかってくる電話を、ひたすらとり続ける。とか、
先輩からどこかクライアントを譲ってもらう。とか、
誰かにお膳立てしてもらって、仕事をもらう。とか、そうゆうスタイルではない、
実力が無いなりにも、少しだけ
自分のスタイルが通用したことが、嬉しい初受注の体験でした。



アンタッチャブル(触れることのできない)チャンプ

商工会議所の職員さんの用事は、
地元出身のボクシング・世界チャンピオンのサイン色紙を
講演に来てくれたベテラン・コンサルタントさんに、届けておいて欲しい。
というものだった・笑
サインをもらっておいてあげる。と、その際、約束していたらしい。
何とも、律儀な・・・・。
そして、ちゃんと、私の分も、持ってきてくれた。

「アンタッチャブル」の異名の世界チャンピオン、川島郭志。
徳島県海部町・海南高校出身。
防御が早すぎて、対戦相手が「触ることができない」から「アンタッチャブル」
それほどのディフェンス力と、身のこなしであった。

相手パンチが当たる直前で、顔をクルっと流す「スリッピング・アウェー」が、得意技。
いつかのブログに書いた
・・・中学バスケ部・顧問先生の連続ビンタ攻撃をやわらげる技と同じやん!!
・・・オレも、この技、やってたで!!
ってことで、シンパシーを感じる、笑、とても、かっこいいボクサーでした。

ツーリングで、とんでもない戦利品をゲットできた。
今でも家に置いている。

で、商工会議所の職員さんに、
先輩たちがやっていること、
どんな仕事をしているのか?
なんで、この会社に入ったのか??
なんで、今、この四国にいるのか???を、また、話した。
大将と奥さんも、色々、つけ加えてくれた。

今、酒販店の売上アップチームに配属されていることを知ると、
「前向きな酒販店があるから、紹介したい」と言う。

いやいや、紹介されても、何もできないです。と言ったけど、
この職員さん、酒販店さんに、
勝手に電話して、勝手にアポイントをとりつけてしまった。
「はい、今から一緒に行こう。それ、話してあげて!」
(続く)



旅=人生の名手のやり方。→知っていそうな人に聞く!

腹が、、、、減った。

とりあえず、このあたりで、うまい飯屋を探そう。
地元情報誌を、立ち読みして探そう。。と、
田舎町のショッピングセンター風・施設の本屋に行った。

しかし、情報誌に旨そうなお店は掲載されていなかった。
いかにも、観光客相手の「嘘くさい店」しか、掲載されていない。

そこで、書店の店主に聞いた。
「あの、大阪から来たんですけど、
このあたりで美味しいお昼ご飯を食べれるお店は、ありますか?」

旅(=人生)の名手のやり口だ・笑
「わからないことは、知っていそうな人に聞く」
知っていそうな人の探し方に、観察眼とセンスが問われる。
で、声をかける行動力が大切である。
「迷う者、道聞かず」

すると、店を教えてくれた。
丁寧に、道を教えてくれたうえ、
電話して、ランチの営業確認&予約までしてくれた。
「今から、こうゆうお兄ちゃんが行くから~」と。

現地に行ってみると、社会人1年目が行くにしては、
敷居の高そうなお寿司屋さん。
一瞬、たじろぐ。
が、せっかく電話してもらったんだから、入ってみよう。

カウンターに座り、大将&奥様と、お話をする。
どうやら、すし店の大将と、書店の主人は、同級生(悪友)であるらしい。

バイクが好き、龍馬が好き、四国が好きであること。
コンサルタント会社に入ってからの約1ヶ月間に起こったこと。を話した。

「何というコンサルタント会社に就職したの?」と聞かれて、
船井総合研究所と、答えると、
「ん?? なんか聞いたことがあるぞ?」という反応。

(いやいや、、、そんなことはない。。)
当時は、今よりも、もーーーっと、無名の会社である。
「船井総研です!」と、電話をかけると、
「社長!!フナイ証券さんから電話ですーー」なんて、ことは当たり前。
 ※財テク、株をしてる社長、多かったんだろうなー。
「あなたーー、フナイ商店さんから電話よー」とか、
「あ、あの格安電化製品のフナイ電気さんの子会社でしょ」とも。

「心当たりがある」と言って、
寿司屋の大将が電話をしたのは、商工会議所の職員さん。
すると、
「船井総研、知っている」
「去年、商工会議所で、講演を依頼した」
「そのときの講師の話が、良かった。面白かった」

電話を代わってもらって、少し話をしたら、
「今から、寿司屋に行く」とのこと。

「いやいや、ぼく、入社1年目。
 しかも、1ヶ月働いただけ。
 来てもらっても、困るから、来ないで」と、言ったけど、
、、、
来た。。。

入社当時、一番最初に買った、いわゆる「船井本」。

まだ、本棚に残しています。



休日のとり方。(今は昔。が、日本企業が世界トップだったころ)

4月に入社してから、毎日、終電か、それ近くまで仕事をする。
会社に泊まること週1~2日。
土日も休みナシ。濃厚激務が、1か月。
体感的には、3か月分くらい働いた、長い、長い、1ヶ月。
(GWは、少しは、まとまって休めるのか?)
(さすがに、休みたいぞ!)と思い、同じチーム内で、
一緒に、馬車馬のように働いている先輩に聞いてみた。

1つ上の面倒見の良い先輩。
答えは「え!?中西君、、、それは、無理ちゃうかなー。ボクが1年目の時のGWはね・・・・・」

2つ上の優しい誰よりも仕事している先輩にも、聞いてみた。
「だよね、だよね、休みたいよね。ワタシも休みたいけど・・・」

3つ上の、軽やかなお兄さん的な先輩にも聞いてみた。
「あー、ええんちゃう。休んでも!
他の部署の先輩全員に聞いて、仕事がなければ!!聞いてみたらええねん。ダメもとで・笑」

1人目であきらめず、社歴順に3人に聞いた。3つ上の先輩の意見を採用した。
(組織においては、より上位の先輩の発言が有効なのであーる!)
ちょっとした、ずる賢さ・粘り方を、1ヶ月で学んだ・笑

我々、若手スタッフに、仕事をくれるのは、
個別のクライアントを持ち、現場で仕事して活動=稼いでいる、
リーダー、チーフ、主任の皆さん、4人の猛者たち。

ひとりひとりに、勇気を出して、聞いてみた。

「GW中、お手伝いできる、お仕事はありますか?」
これで、4人とも「ない」と返事があれば、
「2日間だけ、お休みいただいて、よろしいですか?」と言える。

これが、休みをもらうときの、手順である。
自分の希望や都合を、先に言わない。
まず、先輩に仕事の状況を聞いてみてから。

社会人としての当然のルールは、こうして学んでゆく。

答えは、4人とも
「今のところは、ない。しかし、直前にならないと、わからない」
「だから、直前に聞いてくれ」

希望を、つなぎ、
GWに突入する前日の定時連絡で、全員に確認すると、
3日間の休みがとれた!!
ただし、この2つの条件付きである。
1)毎日、夕方に会社に定時連絡を入れること。
2)その際、誰か先輩が「出てきて欲しい」と言えば、すぐに出社すること。

 
待てよ・・・
大阪にいると、呼び出される可能性・大。
そうだ、どこかに行ってしまおう!
そうだ、もう一度、坂本竜馬に会いに行こう。
「志」を思い出すために!!
当時の愛車・400ccのバイク、カワサキ・ゼファーに乗り、
四国半周のツーリングに出かけた。

夜明けとともに、いそいそと、
地図と最低限の着替えをリュック1個に詰め込み、大阪を出発。
お金がないから、高速道路は使わず、
淡路島を下道で通過し、
ふらふら、漁港や海岸に立ち寄り、釣り人や老人に話しかけ、
徳島の海岸線「南阿波サンライン」を走り、
昼過ぎには、高知県との県境、室戸岬の手前、徳島県宍喰町(現・海陽町)に着いた。

漁港には、こんな風景がある。
こんな風景が、私のモチベーションをアップさせてくれる。

↓↓↓

(続く)



コンサルティング初受注の話

大学を卒業して、
船井総研という経営コンサルタント会社に入社して1年目。22歳。

約25年前の4月~5月、ちょうど今頃の時期の出来事。回想録。

入社した同期社員の関心事のひとつは、
「誰が一番に、コンサルティングの仕事を受注するか?」ということ。
※少なくとも、私は、そうであった。

「依頼書」という契約書の「担当者」欄に、
自分の名前が書かれること=自分のクライアント先ができることに、憧れを抱いて、
新人は、仕事をスタートする。

その「初受注」のための最短ルートは、
会社にかかってくる電話に出ること。と、教えられました。

「ローコスト・オペレーション」が徹底されていた船井総研では、
「電話受付」専門の部署など、なかった。

部署ごとの電話番号もない。
フロアごとにさえ、分かれていない。
代表電話番号1つから、各部署の内線につなぐという方式で、大阪本社に150名が勤務していた。

「人件費も、電話回線代も、もったいない。誰かが電話に出れば、それで良い。」
このコスト意識の高さ(ケチ)が、
中小企業の魂を知るコンサルタントを生みだす土壌でもあった。

・・・ただし、今、考えれば・・・である。
当時は、おバカ大学生、世間知らずの低能クソガキだったから、
「電話受付の専門スタッフくらい、雇えよ!」「逆に非効率だ。こっちは忙しいんだ」って、思っていた。

コンサルティングや講演を依頼したい会社が、電話をかけてくるのを、
新人が、いち早くキャッチし、それを自分の部署の先輩につなげ、
自分も何かの役割をもらい、先輩に、くっついて行く。
これが「初受注」の推奨モデルであった。

ただ、、、
ほぼ、耐えることなく、鳴り続ける電話の99%は、
先輩のクライアント先=既存顧客からの入電である。

もちろん、新人の仕事は、電話に出ることだけではない。
毎日が終電、あるいは、泊り込みでの勤務。
膨大な仕事(主に調査とデータ入力)を、先輩からいただき、
納期に間に合わせるため、必死で作業をしている。
正直、電話に出ても、時間の無駄で、何の得にもならない。

そこで、私が感じていたことは、以下の通り。
事務社員のお姉さま方が、電話に出れば良いだろ!!
比較的、ゆったり目に、おしゃべりしながら仕事をしていて、
ランチは1時間たっぷり食べて、いつも定時に帰るんだから。

どうも、上記の大義名分を作り、
電話に出るという「作業」を新人にやらせている感が、ぷんぷん漂う。
新人を「操作」しているな。

そのことに、入社1週間くらいで、気づいた。

率先して電話に出る新人は、
社内のお姉さま方から「良い子、優秀な子」とされ、
自分が電話に出れるタイミングと場所でしか、
電話をとらない私は「言うことを聞かないダメな子」とされる。

俺はコンサルタントになりたいんや。
おぼえめでたき社員になりたいわけちゃうわ!
なーーーんて、思ってた。笑

そんな私が、入社2か月目、
新人の中で、最速で、受注できた経緯を、書き留めておく。
(続く)

出張中、東京駅から新幹線のホームより。
現在の船井総研が入居している立派なビルが見える。
25年前の大阪事務所は、
大阪の繁華街のはずれ「兎我野町」という怪しめエリアの雑居ビルの2フロア。
夜、お姉さま方から、遊んでいかない?の声を、たくさんかけられながら、歩く魅惑の街でした。



山中伸弥教授/本や番組からの備忘録

IPS細胞の発見は、
各種部門の遺伝子情報のロックを解除して、見つける正攻法ではなく、
各部門共通で解除する方法があるのではないか?という発想で、
2万種類の遺伝子から24個の遺伝子をセレクトし、
その中の4つを埋め込み、開発した。
それは、偶然に近い「奇跡」だと言う。

ずっと考えていれば、
あるとき、突然、ひらめくことがある。
実験好きで、結果にワクワクできるかどうか。が大事。

眠りながら、夢の中でも、研究や実験をしている。
現実世界の中で、授業中の生徒に「あの実験どうなった?」と尋ねる。
「先生、そんな実験してませんよ」
夢と現実の境が、わからないようになるらしい。

この部分だけは、私も同じ・笑
クライアント先の出店案件や、改装案件、販促物が、完成した!
と思ったら、それは夢の中でのことで、
現実は、まだ、だった。とか、クライアント先の売上成績も夢の出来事だった。いうことが、しばしばある。
私は、起きて生活しているうちに、自分で気づく。
山中教授は、最後まで自分で気づかない。このあたりが天才と凡人の違いなんだろう。

 
あきらめないで、やり続けること。
人間は「全能性細胞」である、何にでもなれる。

いかにも生意気な斎藤教授(京都大学の後輩教授)とのトークは、最高に面白い。
前向きに「食らいついてゆく」後輩って、実に、好感が持てる。
斎藤教授の活躍にも、これから、注目したい。

なぜ、私が山中教授に、惹かれるのか?
関西人で、ユーモアがあることも要因かもしれない。
が、研究者でありながら、リアリスト(現実主義者)であることが、
共感の最大ポイントであろう。
目の前の患者の回復、症状の改善につながる研究。
それにしか、興味がないのである。
研究のための研究、名誉のための研究、
自己の栄達のための研究ではないことに、惹かれている。

最後に、山中教授が語っていたプロの条件を、書き留めておく。
↓↓
自分が何もわかっていないことを、わかっていること。
そして、それを乗り越えるよう、ずっと努力できること。

ソクラテスの言うところの「無知の知」である。
正確に言えば「不知の自覚」である。



頭にも美味しいお菓子


お菓子つながり、先週のブログの続き。

バレンタインにいただいた、このチョコレートも、
とても上手に「価値」を伝えていました!

どうですか?
葬祭業でも、応用可能かと!



「東京=お江戸」を感じるお菓子と、その条件

・見て楽しいこと。
・脳でも楽しめる、理屈でも美味しいこと。
・パッケージが粋であること。
・だから、残しておきたくなること。
・集めたくなること。
(もちろん、美味しいことは大前提)

色んな地域を出張で訪問しますが、
これが、「東京」=お江戸のお菓子の特長。という、私の勝手なイメージ。

そんな私の脳内を知ってか、知らずか、
これぞ、東京の中の東京。
「THE・TOKYO」なお菓子を、ご支援先にいただきました。

※だいたい、私は、
(パッケージに金をかける会社には、ロクな輩がいない。)
(このお菓子の価格のうち半分が、容器代だな。)なんて、
実体以外にお金をかけたものに対して、否定的なのに、
なぜか、このお菓子に対しては、そうゆう不快感がない、好感が持てる。
自分でも買ってみたくなる。

それは、なぜか??

 
素材と地元愛に根ざした北海道。
最先端の異国文化に触れた横浜、神戸、長崎。。港町文化。
和の王者・歴史の京都。貴族・天皇のためのお菓子を庶民にも。
京都の隣で、それを凌駕するまでに成長した滋賀。
商品そのものの芸術的に高めた金沢は、京都と東京に影響を受け学び、昇華させた。

実質優先、価格優先・パクリの大阪には「お菓子文化」が、育ちにくい・笑

お菓子やお土産も、その地域と成り立ち、歴史、栄枯盛衰を
(モグモグ食べながら)調べると、とても面白そうです!



看破に優れたコンサルとして、歴史に名を(時々、見誤る・笑)

2022年2月の死亡者数が、4月末に発表されました。
※青ラインが前年。赤ラインが今年。

前回ブログの予想通りの結果となりました。
https://sousai-keiei.com/nakanishi/blog/2022/03/12
この点でも、歴史に残る・笑
死亡者の前年対比が16%以上増という異常事態です。
(通常2%増程度)
3回目接種がどんどん進んだ3月も、昨年死亡者数を大幅に上回るだろう。

ワクチンによって救われる命がある。
社会不安の解消のキーワードにもなっている。
ただ、一方でその犠牲になっている人がいる。それが事実である。

ちなみに私は、
ワクチン陰謀論者ではない。ワクチン否定論者でもない。
事実とデータに基づくと、こうなる。ということである。真実を知りたい。

何も言わずに、検証もせずに、3回目接種を推し進める。
10000人接種につき1~2名の割合で死者が出ることは、
誰も言わない、ニュースとして取り上げることすら封じる社会。
それを疑問にも思わない大衆。

大事なのは、今、そうゆう世界の中に生きている。
そのなかで、どう生きるか?ということである。



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