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通貨の価値、トルコ・リラと、日本・円

トルコへの義援金は、おすすめである。

今、世界主要国の通貨と比較して、「円」の価値が下がるなか、
トルコの通貨「リラ」に対しては、未だ価値が高い。
表の通り、円の価値が上がっている。
つまり、リラは、円よりも激しく価値が下がっている。ということである。

約10年スパンで、円は、リラに対して、10倍の価値となった。
わずかの「円」で、大きな「リラ」となる。

10年前、100円で1~2リラだったレートが、
現在は、100円が14リラである。

トルコ国内は「インフレ」と言いながらも、
円換算でみれば、物価も安い。
ミネラルウォーター、野菜、マクドナルド・・・日本の国内の3分の1程度である。
日本人が、旅行に行ったり、長期滞在するには、良い国である。

しかし、リラで給料をもらっている当のトルコ国民は、インフレで大変、家計は火の車である。

今、日本人にとって、このような国は、ほぼ皆無となってきている。
アメリカに行っても、韓国に行っても、フランスに行っても、
みんな「モノの値段が高い」という感想を持って、帰ってくる。

トルコは、どんな政策をとっていたのか?
インフレでも、低金利政策を継続し、観光客を呼び込もうとする。
低金利政策で、輸出企業=大企業を有利にする。
その結果、トルコの貨幣・リラの価値は暴落する。国内でインフレが起こる。
解消のため新紙幣を発行し、デノミ(通貨単位の改定)を行う。
さらに信用がなくなり、価値が下がる。

日本がやってきたこと、
そして、これからも継続しようとすることと、そっくりである。
低金利(円を安くする=円の価値を下げる)で、観光立国、輸出企業の後押しをする。

トルコと違う点は、
日本においては、アベノミクスなるもので、
インフレは起こらず、物価上昇もせず、国の借金高だけが、莫大に増えた。
無理やり最低賃金を上げる。

トルコのことも学び、
私は、日本のピンボケ政策に巻き込まれないよう、備えよう。

このままだと、
日銀を、計画倒産させるかもしれない。
2024年の新貨幣導入を契機に、
プチ・デノミ的なルールを、何か仕掛けてくるかもしれない。



最も記憶に残るシーンは、ありますか?

皆さんは、
一定期間、取り組んだことで、
思い出に残るワンシーンはありますか?

バスケの「良いほう」のワンシーンが、なかなか思い出せない。。

やっと思い出せるのは、
上級生にまじって、試合に出始めた、ある試合。

エンドライン際を突進してくる相手の前に立ち、
身体を張って、相手からチャージング(オフェンス・ファウル)をとった。

「おぅぅうーーー」と、“お決まり”のPRボイスを発して、
大げさに仰向けに倒れる。
オフェンスファウルをとると、味方は盛り上がる。

また、このときの審判が、かっこよかった。
笛を吹いてから、たっぷりタメを作って「オフェーーーーンス!」と、
ポーズ&コールした。と思う。

仰向けのまま、上を見ると、
体育館の2階席に、試合に出ていない同級生の顔がズラリと並んでいた。

みんな、おおおーーー!って、喜んでくれていた。

2階席のみんなと、目が合ったので、
仰向けの状態で「ニターー」っと、笑いかけると、
みんな、大爆笑で、さらに盛り上がってくれた。
「何やっとるねん!はよ、起きろ!!」って、先輩に怒られたけど。

これが、覚えている「良いほう」のプレイである。

事務所から、遠回りルートで帰宅。
キレイな夕焼けに巡り合えました。



話題の映画の感想。世の中の感覚にあわせる必要あり

各方面から「スラムダンクの映画、もう観たか?」との圧力がかかる。

「いや、まだやけど・・・。映画館で観る価値のある映画なん??」
「イヤ、そうゆう問題じゃない。何回、観たか?が問題!」とか、言ってくる。

あまりにも、みんな高評価で、
オススメしてくるので、観に行きました。

観点・感想が、、みんなと違う。。変わってるんだな。と実感した。

以下、私の感想である。

まずは、
最初の線画が、かっこいい。湘北高校の6人目として、隣に、俺を描いてくないかなー。
俺の葬式は、それ、頼むわ。
版権問題があるなら、妥協して・・・
「兵庫県代表」加古川東高校。として、
当時のメンバー全員分、あれ、描いてもらいたい。

次。
なぜ、半分以上が同じ内容と展開なのに、
こんなに面白いのか?評価が高いのか?
この大衆心理の理由は何か?
1)根本の筋がしっかりしているからである。
2)一定の広い支持層があるからである。
3)それを、今の最新の技術でリメイクするからである。
4)3割の新しいことをいれるからである。
経営・マーケティングも、同じである。1)が、最も大切なのである。

そして、
山王工業のオールコートプレス
=リョーチンが捕まっていたディフェンス。
強豪チームのあれを受けると、本当に、絶望的な状況になる。
走馬灯のように、記憶がよみがえる。
ディフェンスなのに、本当に攻撃(狩猟)なのである。
育英高校のプレス。宝殿中学のプレスがフラッシュバックする。

最後に、
ディフェンスのとき、
腰を低くして、コートをバンバン!って叩くやつ。。
あれは、ゼッタイ、やる!(アイツに、やってやろう・笑)
早くバスケに復帰したいなあ。

で、やっぱり、
「あきらめたら、そこで試合終了ですよ」ですね。

あ、
他、ここには書けないことも。。笑

・・・・
次のシリーズは「水戸洋平」版、やりませんか?大好きキャラなんです。
仙道君も。若いころの安西監督、なんかも、どうでしょう。

近景・中景・遠景。
視野・視座・視点。
同じものを観て、どんな感想を持つか。
私は、変わっている。入り込みすぎで、引きすぎ。無駄に何かの役に立てようとしすぎる。

一般の観客の感想にあわせるよう、
努力しないと、マーケティングで間違えることになる。

これだけたくさんの感想が出てくるのだから。
何だかんだ、結局、満喫してるな・笑

いやあ、映画って、ほんっとうに、素晴らしいもんですね~。



推理力演習 ~探偵ごっこ

人間、必要に迫られなければ、
わざわざ「推理力」を働かせることはない。
推理は、当たっているかどうか、
その「答え合わせ」まで、時間のかかることが、ほとんどなので、
やる気も出ない。必然性もない。

私の「実益」を兼ねた、
「即、答え合わせのできる」推理力演習(探偵ごっこ)の一部を、ご紹介します。

電車の座席で、誰が次の駅で降りるか?

これを、いつも推理しています。
その人の前に立っていれば、すぐに座れる、という「実益=ご褒美」のために・笑

その路線の特徴、
1~3駅前後の駅と街の特徴、車両と改札・階段位置・・・・
季節、天気、イベント、曜日、時間帯・・・・
それに、その人の年齢、性別、体型、服装、持ち物、表情、姿勢、しぐさ・・・・

土地勘のある関西では、70~80%の確率で、当たる。
関東や、名古屋・福岡など地方都市では、50~60%程度に落ちる。

ちなみに「誰が降りるか?」という推理が当たっても、座れないこともある。

他に、座席を狙っている乗客がいるからである。
本当に座りたいときには、最後に、
「立っている乗客のうち、座りたい気持ちが高そうな人」
「座っている乗客の降りる確率の順番と、並び方」も反映させて、
自分の立つ位置を決める。

 
「今回、売上は、上がるのかい?」
「もちろんだよ、ワトソン君」
「依頼人のホール・スタッフ・お客様・ライバル店が、それを示している。
これからその根拠を述べてみせよう」

コンサルタントの仕事でも、当然、
ホームズに負けないくらい、全知全霊・フル回転で、
これらを観察して、問題を解決に導く。

10歳からの志向と、
かれこれ20年以上続く「推理」の趣味と実益を兼ねた演習が、
仕事に活かされていることは、間違いない。

こうして生きてきた(ちょっと変わった)私が、
コンサルタントとして、御社の味方です!



探偵の系譜_「知性と行動力」は「恐れ」を駆逐する

松田優作、出演作のなかで、好きな作品「探偵物語」
出張先で、偶然、再放送を観る。

「探偵」への憧れは、
以前のブログでも、たびたび書いている通り。

その始源と現在を、だらだらご紹介します。

中西少年、小学校4年生。
学校の図書室で、江戸川乱歩の「怪人二十面相シリーズ」に出会う。
図書室にあるものを、ほぼ全巻・読んで、
明智小五郎探偵の「智慧・知識・勇気」に、憧れる。
「知性と行動力」には、二十面相の「恐怖」を凌駕する力がある。
自分にも、知性と行動力があれば「恐れ」の気持ちがなくなるのでは?
勉強する意味、心身を鍛える意味が、ぼんやーり、なんとなーく、わかる。
かっこいいなあ、こうなりたいなあ、という憧れからである。
学校で勉学・心身修養することの意味が、
「テストや通知表で良い点が欲しい」「親に怒られる」という動機によるものでなく、
本の中の人物像の影響ながら、もっと遠くを見たものでした。
今となっては、それは良かったのかな。と思います。

その後、海外進出・笑
小学5~6年生。モーリス・ルブランの「アルセーヌ・ルパン」シリーズを、
1冊ずつ買ってもらい、
泥棒でありながら「紳士」であるルパンの
「不敵さ」「優しさ」「ユーモア」を知る。
ただの「盗人ルパン」でなく「怪盗ルパン」なのである。
探偵の対極の「悪でありながらヒーロー」という存在を知り、そこにも憧れる。
ちなみに、
アニメのルパン3世のとは別人。
ルパン3世のモデルとなっている「本家本元」である。

そして、次は、当然、
コナン・ドイルの名探偵「シャーロック・ホームズ」に行く。
本格的・正統派のイギリスの探偵である。
しかし、小~中学生には、文章が難しすぎて、読書を挫折。
ちょうど、NHKで、ホームズのドラマシリーズが放映され始めたので、
「読む」をあきらめて、それを観ていた。

(続く)



作品づくり ~生きているのは、お前か。俺か?

松田優作の晩年を特集した番組を観ました。

最後の映画となった大作「ブラックレイン」
ガンを知りながら、公表することなく、仕事に差し支える治療は拒んで
その撮影に臨み、映画の公開直後に、亡くなってしまう。

「物を作る」「商品を作る」という行為は、
その物に「生命を移す行為である」とも言える。その典型である。

が、
きっと本人は、いたって前向きで、
撮影が終わってから、ガンの治療をすれば、大丈夫。と思っていたことだろう。
世の中の「感動」には、
当人が当たり前に実行している様を、第三者が勝手に感動する。という側面がある。
でも、それがノンフィクションの醍醐味である。

 

番組のエンディングが、かっこよかった。
「生きてるのは、お前か。俺か。」

死しても、人の心に、ずっと生きる人がある。
会ったことがなくても、生きる人がある。

自分も、かくありたい。
毎日を「精一杯、生きる!」
「生命をクライアント先に移す仕事をする」と、心に刻む。



人生、意気に感ず

20代後半のころの話。
資材商さんが集まる総会に、ゲスト講師としてお招きいただいたときのこと。

ある年配の資材商社長が、最近の業界の小売店の経営者に、
こんな「嘆き」を漏らしていた。

「最近の若いモンは“意気に感じる”ということがなくなった」と。

「ワシらが若いときは、誰かの世話になったから、
恩返ししたいから、信用に応えたいから、という気持ちで、損得二の次で、仕事していた」
「資材商が、小売店に対して、支払いを待ってあげたら、その気持ちに応えようと、必死で頑張る小売店ばかりだった」
「ところが、今は、“前回、支払いを待ってくれたから、次も待ってくれるんでしょ。それが当然”という小売店経営者が増えた」
「それどころか、こっちに支払いを残したまま、他の問屋に切り替えるという輩も増えた」
・・・・
以降、そんな「取引切り替え」を受ける列席の同業資材商への
チクチク攻撃(資材商側の商いの道徳にも問題がある・・・的な内容)に発展してゆく・笑
(さすが、老獪な経営者。同業者の集まる総会の場で、それが言いたかったのか!)

が、大事なのは前半「意気に感じる」である。

 
人生意気に感ず
相手の心意気=積極的に何かをしようとする気持ちに応えるべく、
自分が行動すること。

私は、いつも(勝手に)
意気に感じて、仕事している。

会社の内情を全部、包み隠さず、話してくれたことに対して。
人生の悩みを打ち明けてくれたことに対して。
コンサル料金を払うことを、決断してくれたことに対して。
コンサルの提案をそのまま受け入れ、実行してくれたことに対して。

若いころは、
自分を採用・メンバーに入れてくれたことに対して。
自分を信じて、仕事というステージをもらえることに対して。
まだ会社に利益をもたらす稼ぎができていないのに、給料をもらえていることに対して。

基本、その思いだけでやってきている。と言っても、過言ではないし、
私にそうゆう部分があることを、感じてもらえる経営者さんが、
クライアントになってくれているのだと思います。


海へ、朝日を見に行くと、なんと、先客がいました。
たぶん、地元の爺さん。
夜明け前から体操をしていました。

爺さんに「おはようございます!」と、
不意に声をかけられて、恥ずかしい気持ちになる。

なぜ、先に挨拶できなかったんだろうか?
挨拶することを考えていなかった自分に「ダメだな・・」という嫌悪感。

それにしても、
神々しい姿よ・・・・

朝日が昇る前に、去っていった。

 
また「人生意気に感じる」仕事をいただいたこともあり、
この爺さんと会って、
あの資材商の老経営者の言葉を思い出しました。

本年も、よろしくお願いいたします。



レクイエム① マサカリ投法・村田兆治さん

ようやく、サッカーで、スポーツネタは、終わりか?
そう思ったら、まだ続く、野球テーマ。。このあたりでラストにします!

 
元・ロッテオリオンズの投手、
ダイナミックな「マサカリ投法」で有名な村田兆治さん。

肘にメスをいれる「トミー・ジョン手術」を、
ジョーブ博士により執刀、そして、復活した先駆けである。
今や、野球選手の間では、当たり前となっている手術であるが、
当時は「メスを入れたら、投手生命は終わり」と言われていた。

先日、自宅火災で、亡くなった。

空港の手荷物検査で、係員に暴力をふるった。
ということで、逮捕され、報道されたのが、1ヶ月前。

村田さんの頑固で一本気な性格と、
事の経緯から推測するに、自殺であろう。と見ている。

実は、このように・・・
中学時代(復活を果たしたサンデー兆治時代)からの大ファンである。
野球選手の本(=正確には奥様が、兆治さんの挫折と復活を書いた本)を、
初めて買った。

自宅の書棚を、祭壇風にアレンジし、
私に「名作・認定」されて、蔵書として生き残っている2冊を、祀っています。

大学在学時には、兆治さんの講演会があったので、参加した。

講演が終わるのを、出待ちして、
「村田さん、大ファンです。
将来、子供ができたら“兆治”って名前にしようと思っています、いいですか?」
「ああ、いいよ」「前にも、どこかで言われたことがあるんだよなあ」と、答えてくれた。
・・・結局、苗字との字画相性が悪かったので、採用しなかったのですが・・

 
ここ数年は、仲良しとして知られた奥様とも別居(事情は不明)。
顔つきも、ここ数年で随分、変わってしまった。

野球界には、選手としては超一流であるけれども、
指導者としては、そこまで評価されない人も多い。
常人には理解できないレベルの「こだわり」「克己心」が、
周囲との不協和音を生み出してしまうのだと思います。

結果として、コーチとして、招へいされない。
されても、数年で終わり、以降、他から呼ばれることもない。

選手として、超一流だから、
それ以下の成績の監督からすれば、非常に扱いにくい存在となる。
(通算100勝のキミが、通算200勝・名球会のボクに、指示するわけ?)
(打者として、オレにやっつけられてたくせに、そんなこと、言えるの?)
こんな心の本音が、容易に想像できる。

兆治さんは、最近「離島の子供たちに野球指導していた」らしい。
素晴らしいことである。
が「中央には居場所がない」ということの裏返しとも、言える。

こうゆう方は「求道者タイプ」に多い。
最近なら、
野茂英雄は、このタイプにあたるだろう。イチローにもこの香りがする。
昔の選手なら、
鉄人・衣笠幸夫もこのタイプだった。草魂・鈴木啓示も。
以前、ブログで紹介した江夏豊も。
南海の門田博光も。。

実は、私も気をつけなければ、ならない。
好みとして「求道者」に憧れ、愛するタイプである。
年老いて孤独にならず、周りと調和を図ることを、心がけなければならない。

 
ちなみに、、
兆治さん、大学に来ての講演会では、
野球をやっている素人学生を、何人かステージに上げて、
「この練習で、最低でも、これができなきゃ」と、レッスン。
・・・片足スクワットである・・・
で、できなかった学生君たちに
「キミは、ダメだね」とバッサリ・ダメ出し。
そして、自分がお手本で、オラオラーと、何回もやっていた・笑
もう、大人げないというか、、学生相手にも、忖度ナシ、対等かつ本気でした!

いやー、憧れの人だけど、
もしこの人が、先輩とか、上司とか、親だったら、
こりゃ大変だよなー・・・ってことは、感じました。

私の青春時代を豊かにしてくれたことに感謝。

そして、ご冥福をお祈りします。



ゴルフをしない理由。素直にどっぷり浸ってみる

さて、今回も、つながる。
前回ブログ「トイレは男のティーグランドだ!」つながり。

「ゴルフは、しないのですか?」

クライアント先社長や、お取引先、友人から、よくお誘いを受けますが、
しない。できない。
打ちっぱなしにさえ、行ったことがないのです・笑

理由は、
前職・船井総合研究所の創業者・船井会長のこの言葉。

「ゴルフに行く時間があるなら、土日も仕事をして、自分の実力を高めなさい」

大学を卒業した、22歳。船井総研に入社して、
この言葉を聞いてから、素直にそのまま、ずっとそうしている。

以下、覚えている範囲での船井幸雄会長の言葉。
↓↓
ゴルフは人脈作りに良い。という人がいるが、
ゴルフでできる人脈など、たいした人脈ではない。
仕事で自分の実力を高めて、人と関われば、人脈は自然とできます。
ゴルフは、時間とお金の無駄。割にあうことはない。
その時間を仕事に向けて、まず自分の実力をつけなさい。
そちらのほうが大事です。
↑↑
当時のフナイ社員なら、誰もが知っている「常識」である。

当時、とがっていたけど、
同時に素直でもあったな。。
社長・上司の言葉は、全部メモして、基本、実行していました。

だから、私は、ゴルフをしない。できない。

  
ゴルフ場のレストランで、クライアント社長とのランチ。

ゴルフをしないことが、良かったのか、悪かったのか、、
ちょっと考えてしまうほどの雰囲気とお食事の美味しさです。

でも、この場にいさせてもらえるのは、
ずっとゴルフをせず、仕事して実力を高めてきたから。とも言えます。

これまでやってきたことは、間違いではなかったな。と思えます。

  
やれ。と言われることは、素直にやる。
やるな。と言われることは、素直にやらない。

入った組織、所属のリーダーの方針に(余程、論理に間違いがない限り)
まず「どっぷり完全に浸る」ことが、成功の近道でしょうね。



川が見えるカフェの、川が見えるトイレ

トイレつながり。もうひとつ。

当社・事務所の隣にある洋館を改装したカフェ。
この雰囲気と、川沿い立地だから、女子に大人気。

ここのトイレは、この通り。
什器は、すべてイギリス製のものを使い、
写真の左側には、川が流れている。
(もちろん、現在、すりガラスである。川の中州から、まる見えとなるので)

設計者は不明。
建築主は、証券仲買会社。明治年間。

現代でも、イケイケのビルや店舗には、
高層階・ガラス張り。とか、自然&ガラス張り。という豪華「トイレ」の建築物がある。

不本意ながら、やはり
おおーーーっ!!となる。
この背徳感が、たまらない。

この建物ができた、100年以上前から、人の考えること・感性は同じである。

1000年以上前から、自然の中の「立ちション」が、一番気持ちいいものである。
だから、
一時的に理性を解除された本能が「ガラス張り・自然と一体トイレ」に感動するのである。

 
で、このレトロな名物トイレを、
スタッフさん達は、ちゃんと「名物である」と認識して、丁寧に掃除しているかな?
100年前の設計者・建築者に甘えっぱなしで、お給料をいただくような甘い仕事をしていないかな?
と、掃除ぶり=会社の本質を(意地悪に)チェックするのです。



できることを、本気でやりきる=心動かす仕事

某クライアント先、到着駅でのお手洗いの清掃スタッフさんが、凄い。
毎月、日程は違えど、同じ時間・同じ場所で、
用を足してから、待ち合わせ場所へと向かうので、
この方のお掃除時間とも、毎回、一緒になる。

今年の春くらいから、
この駅の、この時間帯を受け持つスタッフさんの
「本気の仕事」に、いつも、感動させられています。

写真だけでも伝わると思いますが、
現場の動きを実際に見ると、圧巻。圧倒されます。

このエリアの完全なる支配者・王者・チャンピオン。。

この仕事を見てから、
一層、気を引き締めて、コンサルティングに向かいます。

自分にできること、誰にでもできることを、
本気で、一生懸命、手を抜かずに、やりきること。

それが、接する人の心を動かし、
自分に技術やノウハウが生まれてくる。



勉強すること、学ぶことは、誠実ですわな

先日のブログの続き。
その答えは、
互いに「勉強すること」「学ぶこと」じゃないかな?
それを続けることである。
仲の良いご夫婦で、経営でもナイスコンビである
キミのお父上とお母上が、そうしてきたように。

お二人は、ずっと、前向きに
勉強し、実践し、検証してこられた。
経営の事だけでなく、人がどう生きるか?についても。

  
以前、ある会社の会長に、教えてもらったことがある。
セミナーのゲスト講演の打ち合わせに、お伺いしたときのこと。

会長「何事にも、誠実であることが、大事ですな」
中西「失礼ながら、私、誠実、誠実って言う人を、イマイチ信用できないんですよ。」
  「会長、誠実って、何ですか?」
会長「こうして、学ぶこと自体が、誠実ですわな」
  「自分は未熟者だ、という立ち位置ですから、勉強する人は、みな、誠実ですわ」
中西「え?こんなボクでも、誠実ですかー」

勉強する人、学ぶ人、前進する人は、誠実である。

門出を祝う快晴と、日本一のご利益のある街。
お招きいただき、ありがとうございました。

おかげで、すっきり、心が浄化されました。



英国女王の国葬

エリザベス女王の国葬は、ご覧になられましたか?

葬祭に関わる皆さんなら、
必ず見ておくべき「最高の儀礼式」でした。

参考になる点や、感動することが、
たくさんありました。

俺も、棺を何かの旗で包んで欲しいなあー。ってことから、
棺を担ぐ人の一糸乱れぬ、完ぺきな動き。
そして、セントジョージ礼拝堂で女王の棺が地下に降ろされていく際の
女王専属の奏者による、バグパイプの音色と、退場の姿。。

完璧な儀礼式でした。
これを見れば「安倍さんの国葬と比較して、どうこう・・」などと
比較すら、する気になれない。
モノが違い過ぎる、とは、こうゆうことです。

   
最近の日本の円安と関連して、思いを巡らせる。

日本で、江戸幕府が成立するころ、
イギリスは、スペイン無敵艦隊をやぶり、世界の覇権を握る。
ポンドと金が世界の基軸通貨であった。
第二次世界大戦以降、基軸通貨がアメリカ・ドルとなり、
その当時から、ポンドの価値は、7分の1になった。
今、日本の円の価値が下がっている。円安である。

国自体の国力=経済力が衰えると、
「ブランド価値」で生き残らなければならない。
そうゆう国は「ブランド」となる、国葬儀としなければならない。
そんな背景もあるのかな?
日本も「国力低下」を前提とすれば、今後、参考にしなければならない。。

英国のブランド、期間限定ショップ。洗練されていて、カッコイイですね。



歴史と生物と自分・・「重ね合わせ」の技術

何度か、このブログ内でもお伝えしている通り、
「歴史」は繰り返す。

「自分は、今、歴史の中に生きている」と、
小さいころから「歴史」の人物に憧れをいだき、学び、
自分を「重ね合わせ」生きてきました。

単に「読み物」「情報」として、歴史を好きであっただけでなく、
幼稚ながらも「重ね合わせ」してきたことが、
人生において、役に立ってきた。と、感じています。

たとえば、
こんな武将がいいなあ。この武将はタイプが違うから真似できないな。
こんな武将にならなれそう。
そして、
こんな武将には絶対なりたくないぞ!なんて、思っていました。

幼稚ながらにも、理解できたことがある。

主君を裏切ること。
卑怯であり、かつ弱いこと。
金・女・地位・酒に対して、強欲すぎること。
逃げること。虎の威を借るキツネ。
趣味をメインに生きること(けまり、闘犬、闘鶏等)。ボンクラ、バカ。
こうゆうことは、後世まで、悪く言われ続ける。
あと、死に様・最期が、みっともないのも、永遠に残る。

吉良上野介、明智光秀、畠山義継、大野治長、平宗盛、維盛、
小早川秀秋、陶晴賢、龍造寺隆信、藤原泰衡、北条高塒。。

ゼッタイ、自分は、そうはなりたくない。

で、この逆の立派な人物は、後世まで、ちゃんと良い評判が、残る。
だから、それを意識して生きてきました。

歴史を知らない人は「今の自分の気持ちと常識」で、行動を決定する。で、間違う。

武功を上げる=敵の首級を上げる。城を落とす。は、
現在、資本主義社会においては、売上を上げること。である。
卓越した技術・機能を、欲しがられ、
それが、売上になること。
それが「武功を上げる」武将と、同義である。
現在、戦いで殺されることは、稀有だが、経済的な「死」はある。
武芸を磨くのと同様、自分の技術・機能を磨き続けなければ、生き残ることができない。

学生においては、勉学と体力の成績である。
できないなら、武将ですらない。雑兵・足軽である。
雑兵・足軽は、イヤだ!だから、勉強もスポーツもやる!と思っていた。

 
歴史だけではない。

生物番組で、
鮭やアユの遡上を見ても、
ボクが鮭だとしたら・・・・
逆流にさからって、進むことができる鮭・アユになれるのかな?
って、考えていた。

メスを巡って争うトドを見ると、
ボクは、争いに勝てるトドになれるかな?結婚できるのかな?
って、考えていました。

トドは、トド。ボク、トドじゃないもん。
鮭は、鮭。ボク、鮭じゃないもん。
武将は、武将。ボク、武将じゃないもん。戦わなくていいもん。

そうやって「分けなかったこと」
自分に「重ねあわせてきたこと」が、良かったんだなー。と、思います。



倫魁不羈(りんかいふき)

「最近、歴史ネタないですね。やらないんですか?」
ブログ読者さんから、リクエストがありまして、、
「あーるよー。」
何本か、メモを書き溜めておいたものを、放出します・笑

こちら、新装なりました、福山城。主要駅からの近さ、全国でもトップクラス!

以前は、なんだか安っぽい、万人受けの豪華さのイメージでしたが、
一気に本格派のイメージへ。周りの環境も、あわせて改装。
これは、本当に良くなりましたね!
こちら、ビフォーの福山城。

初代城主は、水野勝成。
家康の母方のいとこ。「暴れん坊」のいとこです。

「倫魁不羈(りんかいふき)」
(余りに凄すぎて、誰にも縛りつけることはできない)と、評される武将。

20歳で父親と喧嘩(父の部下が自分を讒言したと怒り、その部下を切り殺す)して、
水野家を勘当、出奔。
以降、主君を何人も変えて、全国を放浪。
一般人として生きていた時期もあったという。

父・水野忠重(徳川家康→織田信長→信雄)→仙石秀久→豊臣秀吉→佐々成政→黒田孝高→小西行長→加藤清正→立花宗茂→三村親成→徳川家康→秀忠→家光

名だたる豊臣方の名将(追われているから、主に九州配属の武将)に仕えています。

35歳で、関ヶ原前に、徳川家康のもとに。
以降、徳川家一筋。

10代のころから数々の戦に、全て参加している。武功を残す。
戦術・戦闘の腕は、相当のもの。

水野君、キミ、役職あげよう、何がいい?と聞かれて、
明智光秀の代名詞とも言える「日向守」を、嬉々として受けるのだから、
その豪胆さ・奔放さ・とらわれることのない性格が、よくわかる。
そして、その「日向守」は、
いつしか「鬼・日向」という異名で呼ばれるようになる。
グレードアップしたオリジナルのものにしてしまうのだから、これまた、凄い。

治政も良く、領民にも慕われ、治水、街づくり、産業の振興にも能力を発揮した。
民と共に暮らした経験、名将たちに仕官した経験が活きている。
そうゆう殿様だったのであろう。
55歳で、福山への配属は、毛利氏をはじめ、西国の大名への備えとして、
重要視されていたことがわかる。

家康以外に、たくさん仕えているし、
親戚なので、
「徳川四天王」には、名を連ねていないのだが・・・

この腕っぷし自慢の、年下の自由人いとこ。
家康は、どう思っていたのだろうか?
歴史の教科書にも出てくることのない、ドラマにも登場することのない武将だけど、
案外、頼りにしていたのかもしれない。
親族に凄いヤツがいると、心強いですもんね。

勝成は、どう思っていたのだろうか?
最終的に、家康の配下として活躍するのだから、やはり、家康の器の大きさがわかる。


これだけ主人(=会社)を変えても、最終的に大名となれたのは、
1)天下の実力者のいとこであったこと
2)戦で強い、首級をあげる(=現代社会においては、圧倒的に売上を上げる)ことができること。

だから、この2条件がそろっていない、
現代に生きている人は、真似しないほうがいいですね。



ヒトの職業による差 ・・・正解は?

ひと言で「犬」と言っても、
ドーベルマンからチワワまで。

「馬」と言っても、サラブレッドから道産子まで。

「コロナ」と言っても、アルファからBA5まで。

同じ分類だけど、その性質は、大きく異なる。
その扱いを、同じに扱うべきではない。先日、そうゆう主旨のブログを書きました。
https://sousai-keiei.com/nakanishi/blog/2022/08/06/
そして、ブログの最後に、
ヒトの職業のなかで、ひと言で分類できないほどに、
違いがある職業とは、何か?と、質問しました。

今回、その答えを、書いておきたい。

 
それは、、、
皆さん自身の職業である。

仕事するなら、そうゆう矜持(プライド)で、仕事していなきゃ、ダメだ!
って、ことです。

私は、一発で「コンサルタント」である!と答える。
皆さんは、一発で「自分の職業である!」と答えて欲しい。

自分の職業だ。と思わなかった人は、
今の自分の仕事に、真剣に取り組んでいない。誰にも負けずにやってゆく!
と日々、自分を革新していない、一番になる!と仕事していない証拠です。

葬祭会社のスタッフさんは、「そりゃ、葬祭会社のスタッフでしょ!」
経営者は、「そりゃ、葬儀社の経営者でしょ!」そう答えてもらいたい。

どのくらいの人が、
私の問いに「正解」を出すことができたでしょうか?

自分の職業以外を答えたヤツ・・

血ぃ、吸うたろか!
「芸人さん」も、同じ職業名でも、その性質、ピンキリですよね。
それでも、私は「コンサルほどピンキリじゃない」と、思っています。



突然のさようなら。表と裏

4か月前のJR東日本新幹線の月刊車内誌「トランヴェール」事件

毎月、沢木耕太郎さんの連載コーナー「旅のつばくろ」を楽しみにしています。
秀作を、このブログでも何度か書き留めました。

学生のころ、沢木さんの書籍を何冊も読み、その影響を受け、
そして、30年の月日が流れ、お互い歳をとった今。
「旅のつばくろ」を読むことで、その現在地を確認する。

毎月「旧友」に会うような感覚で、
東京駅から東へ向かう新幹線に乗るたび、楽しみにしている連載でした。

3月30日。
3月号もなかなか、良い事が書いてある。持って帰って、ヤツにも見せよう。
でも、出張中だし、、荷物になるから、
明日31日、大阪に帰るときに、カバンに入れて帰ろう。。と思っていた。

が、なんと、仕事の手の早いJR東日本は、
3月31日の時点で、4月号に入れ替えてしまっていた。
嗚呼。。不覚!!

1冊くらい入れ替え忘れて、3月号が残ってないか?と、
車内の各席を見渡すも、
そこは、さすがJRの社員(か、外注業者)、全席、完ぺき・満開の桜の表紙=4月号。

3月号の内容を、
思い出せる範囲で、忘れないように書いておく。
↓↓
沢木さんが学生時代、百貨店の外商部で、配達のアルバイトをしていた。
外商顧客である政治家や著名人、重役宅。いわゆる富裕層宅に行くが、
見るからに学生配達員の沢木さんに対して、横柄な態度をとる人も多かった。
テレビや雑誌での態度や発言。百貨店に来店した際や、社員の前とは、
全く異なるものであった。いわゆる、オモテの顔と、ウラの本当の顔である。
そんな中「井深」という表札のある立派な門構えの家の顧客だけは、
いつも丁寧な言葉と態度で接してくれる。海外製の靴下のお土産までくれたことがある。
それが、ソニーの井深大さんであった。

沢木さんは、こうまとめていた。
沢木さん自身も、これまで仕事をしてこれた一つの要因は、
取材先がどんな人であろうと、
発注者・制作者がどんな人であろうと、
まったく同じ態度で臨んできたことにある。と。
↑↑

私も、それは、心して仕事している。生きている。
時々、損もするけどね・・・笑。大きな視点で見れば、それが良い。
というより、性格的に、それしかできない。

・・・・
で、
4月号に、沢木さんの連載が消えていた。
5月号にも、6月号にも、連載なし。。

突然、何の予告もなく、消えてしまいました。
最後の連載が、そんなソニーの井深さんの話でした。

先週のブログ、ソニーのリモコンで思い出しました。



天心と武尊と。辰吉と薬師寺。。チャンピオンを目指し続けて

スポーツネタ、あとひとつ。
キックボクシング、那須川天心と武尊(タケル)の試合より。

団体が異なるため、交わることのなかった
最強の2人が、その垣根を超えて対戦。

一歩も引かぬ、とても良い試合でした。

この試合を観戦して、思い出したのが、
1994年のボクシング、辰吉丈一郎対薬師寺保栄。
初の日本人同士の世界戦の大激闘。この試合に匹敵する良い試合でした。

で、「辰吉・薬師寺」のYOUTUBE動画を、もう一度観た。
天心・武尊の3Rの激闘状態が、ずーっと12R続くのである。

辰吉は52歳の現在も、世界チャンピオンを目指して、
当時から所属しているこの大阪帝拳のジムで、トレーニングを続けているそうである。

自宅は大阪市内。朝、ロードワークをして、犬の散歩、洗濯をした後、
昼からジムでトレーニング。。という毎日を送っているという。

いつか会えないかなーと思いながら、
ボクシングファンなら誰もが名を知る「大阪帝拳」の前を通る。

あの試合当時(大学生のころ)は、どちらかと言えば、アンチ辰吉派で、
薬師寺を応援していたけど、
今は、ダントツ、辰吉派である。

ジム経営、トレーナー、ユーチューバー、タレント・・・
有名ボクサーの引退後にも、様々な道があるなか、
困難を乗り越え、いつまでも、個人としての最強の男を目指し、
その仕事をずっと続けること。
そこを、尊敬し、共感している。私もコンサルタントとして、最強の男を目指す。

当時、勝っても負けても、多くの人の心をとらえていた理由が、
今になって、やっとわかった。
そして、生き様によって、今さらファンになっている。
唯一無二の存在である。
(会ったことないから、よくわからないけど・笑。イメージの中で)



社会人1年目・コンサルタントの卵ノート

大阪を出るとき(夜、寝るときにでも、読み返して、勉強しよう)と、
リュックにいれておいたことが、
受注の役に立った(かもしれない)ノートは、こんなノートである。

普段の日常では、ノートを読み返す時間すら、もったいない
(そんな時間があれば、風呂に入りたい、寝たい)そんな1ヶ月間。

ツーリングに出かけるとき、
これはプライベートの時間ですから。。と、分けてなかったところが、偉かった!笑

入社時から、ずーっと、書き溜めていたノートは、
ノウハウ満載です。
今、見返しても、参考になることが、たくさんある。
しょうもないことも、多いけど・笑

激務の中でも「業務」だけに埋没せず、
単なる「コマ」になることなく、
「コンサルタントとしてのノウハウ」を吸収しようとしていたことが、よくわかる。
まだ存在せぬ、いつか出会う、クライアントのお役に立てる情報をまとめていた。

自分が「一人前の仕事」ができるようになるためのメモを書いていた。

「作業」のためのメモは、一切、見当たらない。
ソフトの使い方がどうとか、名刺の渡し方がどうとか、
○○さんの仕事をどうするとか、何かの手順だとか、そうゆうことは、書かれていない。
※何か別のノートにつけていた(・・・と思うんだけどな・・・そう信じたい・笑)

入社して1~2年目くらいまで、
やり手の先輩方から「おまえの最近のノートを見せてみろ」と、言われていた。
見せると「甘いな!レベルが低い!」って、ボコボコにされる・・・
それが悔しいから、もっと価値ある内容を、工夫して書いておく。

でも、今、見返すと・・・
きっと先輩方は、オレのノートが参考にもなるから、見たかったんだろうなー・笑
って、思うくらい、頑張っていた。

良く勉強していたな。その姿勢がええわ。
22歳のこうゆう青年がいたら、間違いなく、採用する。

「すげーな、オマエ、必ず、伸びるよ」って、声をかける。



会社=ステージ。個人の力=そこで演じてお客様を会社に呼ぶ

酒販店に到着して、
3たび、入社してからの1ヶ月のことを話す。
この日、3度目の公演。さすがに、自分でも飽きてくる。

で、たとえば、このお店ならば・・・ということを
「先輩方がやってること(やっているで、あろうこと)」と
「自分が下働きでやっていること」に分けて、そのままを、お話しした。

入社後からつけているノートを持って、旅に出ていたので、それも、見せた。

先輩が、クライアント先でヒアリングしている(であろう)内容を、聞き取りした。

すると、コンサルティングを受けたい。という話になった。が、
どうすれば良いのか、わかならいので、
いったん、名刺を交換して、後日連絡ということに。

すっかり夕方になってしまい、
「これからどうする?」「ここに泊まっていけ!」というお誘いを、
お気持ちのみ、ありがたくちょうだいして、室戸岬に向かう。

その前に・・・約束の「定時連絡」を会社に入れなきゃならない時間。
緑の電話ボックス。テレフォンカードを入れて、電話をかける。
ものすごい勢いで、テレカの度数が減ってゆく・・
(当時、船井総研はフリーダイヤル契約すら、していなかった・笑)

 
1つ上の先輩が、祝日にもかかわらず、やはり、出社していて、電話に出てくれた。
「えーーーー!?今、四国なのー??」
「実は、明日、来てもらおうと思ってたんやけど・・・」
(↑大阪を離れて、正解や!笑)

でも、
コンサルティングを受注できそうだ。という話をすると、
ちょっと、空気が変わった。その先輩よりも、先に受注する訳である。
「それは・・・○○さん(=猛者上司たち)に連絡して、行ってもらうようにしたほうがいいね」「伝言ノートに書いておくよ」

というわけで、
主任の先輩にくっついて、支援同行させてもらうこととなり、
依頼書の「担当者」欄に、主任と私、2名並列で、名前を書いてもらった。
これが入社1年目、入社して2ヶ月目での「初受注」である。

 
初受注は、
会社の力で、仕事がとれたのか、
個人の力で、仕事がとれて会社に貢献できたのか??

80%は会社の力である。
でも、20%の個人の自力と運で、お客様と出会えた。

偶然に、偶然が重なった、まがいなりの初受注は、
・自分自身が、何かしら動くことで、仕事にありつけること。
・仕事もプライベートも境目なく、過ごしていれば、必ずチャンスは巡ってくること。
・会社をステージとして、自分が演じて、お客様を満足させること
(会社から仕事をもらうのではない、自分が会社に仕事を持ってくるんだ。それができなきゃ、一生、ハードな下請け仕事)
そんなことを、学び体験しました。

当時は、なんとなく感じていただけ。
だんだん、こうゆう体験が生き方として、沁みついてくる。

会社にかかってくる電話を、ひたすらとり続ける。とか、
先輩からどこかクライアントを譲ってもらう。とか、
誰かにお膳立てしてもらって、仕事をもらう。とか、そうゆうスタイルではない、
実力が無いなりにも、少しだけ
自分のスタイルが通用したことが、嬉しい初受注の体験でした。



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