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「いただいたもの」を身の中に置いて生きるための儀式

参列者にとってのお葬式とは、
「故人からいただいたもの」を胸に刻む場であり、
いなくなっても、共に生きてゆくことができれば、、、
それが幸せなお葬式だ。個人的には、そう思っています。

叔父さんの一番の思い出は、
叔父さんの父、つまり、私の父の父でもある
私の祖父のお葬式での一言。。。

兄弟で、棺に釘打ちしながら「じいやん、ええとこ行けよ」
それを聞いて、私の父が、柱の陰に隠れて泣いているのを見た瞬間。

初めて見た父親の涙でした。
それを見た自分にも自然と涙があふれていました。

離れて暮らしていた、じいちゃんの死が、それほど実感できなかった小学5年生にとって、
人の死は、それほどの悲しい出来事である・・・ということを
実感したあの光景は、忘れることができません。

  
「おっちゃん、ええとこ行けよ。ありがとな」合掌。

  
湿っぽい話は、このくらいにして。。。
淡路島の父の実家近くのお寺の風景です・・・誰にもある「原風景」のひとつです。

幼稚園・小学生のあの頃よりも、
この前来た、あの頃よりも、、自分は成長できているだろうか?
静かにそうゆうキモチになれる場所です。


お寺の石段の下に、父の実家があります。。。


帰省したときには、ゴーーーンとやって、逃げる悪行を繰り返した。。。
ホントは今でも、ゴーーーンとやりたいッ!! さすがに、自制心が働きます!!(成長したぁ)


いとこ・叔父さんは、漁師。。。中西権一だから「中権丸」って。。。うちの社名も言えないけどサ・・・。
「わかりやすければOK!」という安易なネーミング脳は、血筋なのか!?

神戸に飲みに行くときの交通手段=漁船で30分!・・・カッコイイなあ。


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